手術は無理。父は死期を準備しお金や家の謄本、金庫の鍵、車の始末を頼まれた

生命についてはじめて深く考えたのは自分の生命のことでした。

 

小学生の時にいじめにあい学校に行きなくない、どこにも自分の居場所がないと悩んでいた時に、死んでしまえばこの苦しみから逃れられると考えていました。

 

今思うと子供じみた考えでしたが、その時の自分にとってはとても重大なことでした。

 

ですが、命の重みは考えていなかったと思います。命を作り出すことはできない。とても尊いものだとは思っていませんでした。

 

次に生命について考えたのは、自分の乳がん検診で要検査が出たときです。

 

初めてのがん検診で病院でどんな風に検査を受けるのかもわからず、何時間もまったあげくに、要検査となりましたから、今から外科に行ってくださいと言われました。

 

とにかく驚いて、看護婦さんに次の検査について説明されたのですが、不安で心の中がいっぱいになりガーンという表現がぴったりの状態でした。

 

外科の待合室はとても混雑していて、2時間くらい待ちました。

 

その間が自分の命と面と向かい合った初めての時間でした。命の時間が区切られたような気がしたのです。そんなまだ私若いのに、まだ何もしていないのにと考えました。

 

社会人でしたが、会社での仕事はなんとかこなせるようになっていましたが、人間関係は自分の一人が好きな性格もあり、人に合わせる状態でした。まだ何も楽しい人生を送れていないのにこれて自分の人生が終わってしまうのかと思いました。

 

でも次に考えたことは私、がん保険加入していたよな、わたしのがん治療には適用されるのだろうかと具体的なことを考えまじめていました。

 

がんで生命の終わりを考え、いやでも治療すれが生き残れるかもしれない、そして次は治療費の心配をしていました。

 

2時間という時間でしたが濃密な時間でした。

 

幸いに検査では異常なしという結果でしたからホットしました。ありがたいことでした。それからがん検診は毎年受診するようになりました。

 

次は肉親父親の死を体験しました。

 

父は昔の人でしたから病院嫌いで亡くなる一年くらい前から調子が悪かったようですが、病院には行かず検査した時にはもう手術は無理ですねという状態でした。

 

父は長く患うことは避けたかったようでした。死期を受け入れるというか、表現が難しいのですが、準備をしていました。

 

私にお金や、家の謄本、金庫の鍵、車の後始末などを依頼しました。

 

昔の父と娘の関係ですのでほとんど会話はないのですが、私を信頼してくれたのはうれしかったですが、その時の私の気持ちはとても辛かったです。

 

今思うと、父が亡くなった時よりも死後のことを頼まれた時が一番悲しかった。一番泣きました。

 

でもしっかりと心の準備ができて父を送ることができたのは私の一番の幸せでした。

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