納骨しないと成仏できない!? 猫と一緒にお墓に入ろうと自宅に骨壺を置いたまま

生命に関して書かせて頂きます。

 

脳梗塞の後遺症や癌になったりしている父の面倒を足の悪い母が面倒を見てすっかり老々介護のようになっています。いつか来るであろう両親との別れの日を毎日のように意識しながら過ごしています。

 

私は50代に突入しますが、人の死に目にあったことがありません。

 

これまで一緒に生活して過ごした猫たちも気付くと息を引き取っているパターンです。ここから先は猫の話になります。

 

猫たちが独りぼっちで最後どんな気持ちで息を引き取ったのだろうと思うと申し訳なくて仕方がありません。最後の力を振り絞ってトイレまで這った形跡もあったりします。最後まで生きようとしているのです。

 

言葉が話せない分本当に切ない気持ちになります。特に辛かった最期は、目の前に居たにも関わらず気付けず息を引き取っていた事です。

 

メス猫の“ポー”と言いますが、4歳で症状が出始めて慢性腎不全が見つかったのですが、産まれつき腎臓が小さかったらしく病気を見つけた時には片方の半分くらいしか機能していませんでした。体格がよくて丸々としていたのに、病気をしてからはすっかりやせ細ってしまいました。

 

亡くなった当日は朝から立ち上がれず、オムツをつけてリビングに猫ベッドを置いて中で寝かせていました傍について話しかけていると急に今まで聞いた事もないような大きな鳴き声で鳴いたんです。それこそ「泣き叫ぶ」という感じでした。

 

相当辛かったんだと思います。こうして書いていても涙が止まらなくなります。

 

夜になり食事の準備をしたり忙しくしていた頃にポーの息が荒くなっているのを聞いていたのですが、まさかそこで息を引き取るとは思ってもいなかったので(もっと生きると思っていた)気に留めませんでした。

 

暫くしてから夫がポーが息をしていない事に気付き、そこで初めて亡くなっていたのを気づいたのです。目は開いたままとてもキラキラしていたので、まだ息をしているんじゃないかと何度も名前を呼びましたが反応はありませんでした。

 

目の前に居ながら何故見送ってあげられなかったのか悔やんでも悔やみきれず状況でした。

 

自分と一緒にお墓に入ってもらおうと思って今はずっと骨壺を自宅に置いたままです。

 

しかし、最近になってそれはしてはいけない事だと言う投稿を読みました。ペットはペットの行くべき所がある、「畜生界」を巡って生まれ変わると言うのです。従って人間と同じように供養して納骨しては駄目であり、ペット霊園に納骨するべきとの事でした。

 

また、納骨せずに家に置いていると成仏できないとも書かれていたのでショックでした。傍に居たいというのは人間の勝手な都合なのでしょうか。

 

いずれにしてもこれからどうするかまたゆっくりと調べながら考えたいと思います。

 

これを書いてる途中何度も涙が溢れ、中断ばかりしてようやくここまで書きました。8年の命でしたが、不思議な魅力のある誰にでも好かれるポーでした。

 

家族を幸せな気持ちにさせてくれて、命の尊さを教えてくれた子達の事はずっと忘れません。

 

このようにアウトプットすればするほど気持ちが癒えます。何故でしょうね。悲しみを少しずつ吐き出すことは癒しになるんでしょうか。

 

まとまりのない内容ですが、お読み頂きどうも有難うございました。

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