適応障害の要因は弟の嫌がらせ電話や暴力。父親が逃げ、家族バラバラに

過去にいじめられた経験談をお話しします。

 

学生の頃は、中学生の頃が特に酷くて、高校の頃に少しありました。

 

中学生の頃は、自分自身が優等生で成績が良い方でした。自己主張するときはする方でした。

 

いじめっ子が中心となって陰で自分のことをベガと呼んでそれを当時流行っていた遊びに取り入れてベガベガとか言っていました。自分自身それに気づき、ベガて自分のことを言っているんじゃないかと強く主張しました。それがきっかけとなったのか周りの態度が変わりだし、あーいじめられているんだなと感じました。

 

授業中でもいじめっ子は仲の良い人間と話して自分の陰口をねちねちと言っている感じでとても苦痛でした。学校が苦痛になり、いじめっ子の人間と関わりたくないと強く思っていました。

 

親にも言える信頼関係もなく、受験勉強に必死で学習塾に通っていました。親も自分に対しては批判的というか愛がないというか、意見を言っても否定的な親だなという感じで、自分のモチベーションを下げる感じで、打ち明けるという選択肢はなかったです。塾は学校と真反対で楽しく過ごせることが多かったです。

 

僕がいじめられる前に、他の子たちもいじめっ子にいじめられていました。学校に行こうと努力するけれどもいけないみたいな生徒もいました。全く学校に来れなくなったという生徒もいました。

 

ある先生はいじめっ子に反抗していじめるのはやめるように言っていました。因果応報の法則を言っていたのをよく覚えています。他の先生は席替えをあみだくじでするといって後からいじめっ子といじめられっ子が引っ付かないように調整したりしていたようです

 

松田さんの言う通り、学校があればいじめがあると思いました。

 

高校の頃は、周りが裕福な家庭が多い学校でしたのでほとんどいじめはなかったように思います。中にはひきこもりになる生徒も少しはいましたが、中学に比べればマシだという風に思います。初めての美術の授業で、黒板に書かれた自分の名前を生徒が目の前で消してへらへらと笑ったりとかがあったくらいです。

 

高校で特に覚えているいじめられたエピソードは剣道での話です。

 

僕は戦隊シリーズが好きという流れから親の勧めもあって、小学校から道場に通い、中学受験で小5で辞めましたが、大学までなんだかんだ剣道を続けました。

 

高校の頃に剣道をしていくと、部活以外に練習をしたいと思い、部活がない休みの日に、小学校の頃に通っていた道場に行きました。

 

そこであまり知らない先輩と出会いました。その先輩は背が高くひょろっとしていました。その先輩は道場の先生の息子だったと思います。その先輩と稽古をしたのですが、その先輩は下手で自分が先輩だからといっていろいろ適当なことを言っている感じがして、うさん臭くて嫌々対応していました。

 

すると稽古中にその先輩が横からなぎ倒してきていろいろ説教というか言いがかりのようなことを言われました。内容ははっきりと覚えていません。

 

最終的に防具をとれと言われ、謝らなければ土下座しなければ喉を竹刀で突くとか言われました。

 

最終的にこちらがネガティブな感じになると引き下がりましたが、かなり嫌な感じでした。人間として終わっているなと感じました。

 

恐らく、あの先輩は先輩自身がされた嫌なことを憂さ晴らしに自分にしてきた感じがしました。私の態度もよくなかったと思いますが、相当腹が立ちました。

 

それに加えて周りの先生たちは我知らずと知らんふりでした。おそらく先生の息子だから何も言えない、仲裁できない感じなのでしょう。

 

帰ってから何かやり返そうとか、親を交えて先輩の家に突撃しようとか抗議しようとか考えましたが、言えず、結局何もせずに終わりました。終わったことなのでささっと忘れて今に集中しようと思います。

 

その他に社会人になって、社内恋愛をしていたのがばれて、飲み会の席で大声で暴露されたり、周りに言いふらされることがありました。これには頭にきたので会社を辞める直前に上司に伝えて最終的に法的処置も考えていると伝えて嫌がらせをしていた人間を黙らせました。社内恋愛のリスクを学びました。

 

一度目の転職では、上司がほとんで指示を出さず、自分にしか興味がない人間で職場でもフォローを受けることがほとんどなく、派遣社員さんからのフォローもなくへらへ笑っている感じで馬鹿にした感じで環境は良くない感じでした。

 

最終的に仕事をうまく回せることができなくなり、保健室に飛び込み、休職して病院に行って適応障害と診断されて、3カ月ほどの休職をして2度目の転職をして今に至ります。

 

休職になったのは、今でも抱えております家族の問題も要因です。

 

父親と弟の仲が最悪になり、最終的に亭主関白の父親に弟が歯向かい、父が逃げ出し、母親にも弟が暴力して家族バラバラで弟から嫌がらせのような電話がバンバン鳴っている状態で一人暮らしをしておりましたので仕事もうまくいかなくなり休職せざる得なくなりました。

 

今では仕事はなんとか続けている感じで、やりたいに業界にも入れたので頑張っております。ただサラリーマンは自分には続けれないとおもっています。休職がなければ、好きな分野に就職できなかったのでそれそれでよかったかなと思っております。

 

今では薬も飲まず、病院にも通わずに生活できています。

 

いじめに関しまして、松田さんの商材を購入し学んでいくうちに、気にする必要もなくささっさと忘れて今に集中しよう生きようと思っています。自分の器が広くなって良かったなと思うように心がけています。

 

こうやって書きだすと気分が楽になってきました。

 

ありがとうございました。

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