独りの世界に没頭。自分の世界で生きることにかっこよさと優越感を覚える

はじめまして。はじめに、文章が苦手で読みにくい内容であることをお詫びします。

 

私は1970年代生まれ、男性、某大学卒、サラリーマン(勤続15年くらい)、既婚、両親と同居、子供もいます。

 

とにかく誠実・まじめに生きようとする両親の影響かどうかはわかりませんが、小さいころから先生のいわれることを素直に聞き、生活態度はとてもよかった記憶があります。

 

中学では入学してすぐに先生に気に入られ、生徒会委員になったり、勉強もできたのでいわゆる優等生でした。

 

高校(進学校)に入ったころから対人関係や将来の事についてネガティブに考える傾向になり、小中学校からの惰性でスポーツ部活動に入っていたものの、あまり人と絡まないように生活していました。

 

親友と呼べる友達もいなくて、自分が殻というか壁を作って自分の世界で生きることにかっこよさというか優等感を覚えていたからだと思います。

 

大学で独り暮らしをはじめて、希薄な人間関係を広めつつも独りの世界に没頭する傾向がつよまっていきました。

 

人の意見や考え方を聞きつつも、最終的には自分の考え方を貫いて、それに賛同してくれなくてもどうでもよかったです。どうせ人は分かり合えない。自分らしさの保持が最重要だとでも思っていたのでしょうか。

 

今に至っては子どもや家族と一緒にいる時間も有意義で楽しいのですがやはりどちらかというと独りでいる時間が好きです。

 

一方で多人数の集まりも嫌いではなく、積極的に楽しく過ごそうとしますが、みんなが楽しんでいるか気にして、雰囲気になじめていない人を見つけるとフォローしたり、その人の気持ちを共感したりします。

 

今の生活にほとんど不自由がなく、幸せな毎日を送れていると思います。

 

仕事での人間関係も良好ですが、担当している業務内容に少々ストレスを感じていて、やりがいを見出せないままノルマをこなすように働いています。

 

なんでもそれなりのレベルでこなせると思っていますが、自己アピール心の低さもあり、年齢的には中堅ながら、管理職にはなっていません。

 

30歳過ぎた頃から哲学や宗教、世界的陰謀などに興味を持ち始め、コントロールされた教育制度、貨幣制度、医療制度、エネルギー体制など、オモテ向きに常識とされている事を違った視点で観察する習慣ができました。

 

その延長線上に会社に100%依存しない自立した人生の確立に意欲が増してきて、ネットでウロウロしているところで松田さんのサイトに出会いました。松田さんが言われる通り、昨今はネットビジネスに関する様々な情報が氾濫し、選択肢がありすぎる中、松田さんの一風変わった正直で一本芯が通った文章に心止まりました。

 

特にお金に困っているわけでもなく、健康で不自由ない生活を送れていますが、いまの生活をいつまで続けられるかという言い知れない焦燥感で、なにをするにも集中できない自分がいます。

 

40歳を過ぎてからは「人生一度きり」という言葉が日を追うごとに大きくなり、安定した生活継続についての焦燥感とは別に、自分の人生の意義についての焦燥感を感じているように自覚しています。

 

生活の中で時間を見つけて「自分の人生にどういう意義づけをしたら、自分で本当に満足ができるのか」を考えてみたところ、大金を手に入れたいわけではなく、このまま今の生活レベルで、時間を大きく確保したいというのが正直な気持ちでした。

 

この歳になって悟りといっては大袈裟ですが「感謝の気持ちは相手も自分も幸せにする」ということを疑いなく信念として認識することができました。

 

なので確保した時間を使ってまずは自己啓発し、考え方や思想の幅を大きく広げ、先には、お世話になっている家族や地域の人への貢献的な活動を楽しく有意義にできればと思います。

 

そこに利己的な気持ちがあっても問題ないと思っています。自分が本当に納得できて、自分も周りの人も楽しく幸せになれればいいと正直思っています。

 

その点でいえば青年期に独りの世界の充足だけを考えていたところから社会的に成長できたのでしょうか(微笑)

 

これまで40年以上かけて形成した「自分」を大事にしつつ、残りの人生を少しでも納得できるような形で終えられたらと思い、人生第二ステージを検討中です。

コメントは受け付けていません。