濡れ雑巾を顔に押し付けられて起こされる…母親はニヤリと笑い、虐待

私は母親から虐待されて育ちました。

 

精神的な暴力と肉体的な暴力でした。

 

物心ついた頃にはもう暴力を受けていたので、いつ頃から始まっていたのかはわかりません。

 

子供のころはそれが当たり前で、母親とはそういうものだと思っていました。

 

子供のころは、毎日朝早くに濡れ雑巾を顔に押し付けられて起こされていました。

 

団地の5階に住んでいたのですが、なぜか毎日団地の階段掃除をやらされていました。

 

ゴミ出しも私の仕事だったのですが、小学校時代は3月生まれのせいか体が小さく背の順はいつも一番前だったため、低学年のころの私にとって45リットルのゴミ袋に入った生ゴミはとても重いものでした。

 

一度、あまりに重くて持って階段を降りれなかったため、階段を転がしていたところゴミ袋が破けてしまい、生ゴミが散乱してしまったことがありました。母親にはたくさん謝ったのですが、その時の殴る蹴るの暴力は今でも忘れることができないほど酷いものでした。

 

毎日「お前は何をやってもいつもダメだ」等と言われていましたが、いったい何がダメなのかはいまだにわかりません。

 

朝は「おはよう」と言ってもおはようと返されたことはありません。

 

学校に行く時に「行ってきます」と言っても行ってらっしゃいと言われたことはありません。

 

学校から帰って「ただいま」と言ってもお帰りなさいと言われたことはありません。

 

毎日、階段掃除をして、ゴミの日にはゴミを出して、自分と6才離れた妹の布団の上げ下げをして、夜には洗濯物をたたんで、食器を洗って、お風呂掃除をしても、「お前は何もできない、何もやらない」と言われ殴られました。

 

誕生日に祝ってもらったことも、プレゼントをもらったこともありませんでした。

 

なので誕生日にはプレゼントが貰えると知ったのは小学5年生の時でした。クラスの子の誕生日会に呼ばれた時に初めて、ちょっと豪華な食事とケーキが出て、プレゼントまで貰えることを知りました。

 

そして、その5年生の私の誕生日、もちろんケーキもプレゼントもなく、夕飯はご飯とお味噌汁とシシャモ(かメザシ)が3本くらいだったと思います。明らかにいつもより質素な夕食でショックを受けました。

 

でも本当にショックだったのは、誕生日の夕食にショックを受けている私の表情を、母親が覗きこんでニヤリと笑ったことでした。

 

私を悲しませたかったのか、虐めたかったのかわかりませんが、わざとだということだけはわかりました。

 

その時のこともいまだに忘れることができません。

 

6才離れた妹のことは、とてもかわいかったようです。

 

妹が怒られたり、罵られたり、殴られたりしたところは見たことがありません。

 

小学生のころまでは、私が良い子じゃないからいけないんだ、と思っていました。良い子になれば、言うことを聞けば、お手伝いをたくさんすれば、きっと殴られなくなるし、怒られなくなると思っていました。

 

でも、それは違いました。

 

中学生になり、体が大きくなってきて母親より身長が高くなると、暴力は少し減ってきましたが、変わりに暴言が酷くなっていきました。

 

そして、他の家庭とは違うということにも気づきました。

 

母親はただただ、私が嫌いで気に入らなくて、ストレス発散のために私をいじめていただけだと思い知りました。

 

その後はもうとにかく、この家を出たい、その一心で生きていました。

 

高校には行かせてもらったけれど、大学進学は全く考えていませんでした。とにかく就職して、自立して、母親から離れることだけを目標にしていました。

 

社会に出てから、私は他人との距離感をうまく保つことができない人間だと気づきました。

 

母親からずっと抑圧され、人の目を気にして怯え萎縮して生活してきたからだと思います。

 

社会不適合者であり、コミュ障であり、他人を信じることができない人間になっていました。

 

転職を繰り返し、男に依存し、結婚して子供を二人授かりましたが、結局うまくいかず、子供が2才と4才の時に離婚しました。

 

コミュ障の私にとって、子育てしながら働くことは本当に大変でしたが、逆に子供たちがいてくれたおかげで、辛いながらも懸命に働いてこられました。

 

子供たちがいなかったら、自暴自棄になって堕ちるところまで堕ちていたかもしれません。

 

贅沢はまったくできませんでしたが、そこそこ人並みの生活は送ってこれらました。

 

今、子供たちは20才と22才になりました。

 

必死にがむしゃらに、生活のため働いてきましたが、大学の学費、浪人中の予備校代を出してあげることはできず、子供たちに苦労させてしまっています。

 

実際に子供の口から「うちが貧乏じゃなければ…」と言われてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

今の職場は、これからも安定した収入は見込めますが、劇的に収入が増えることは望めません。

 

副業、もしくは松田さんから独りで稼ぐ方法を学んで、人生の方向転換を図ることが、私にとっても子供たちにとっても、明るい未来が開けるような気がしてなりません。

 

ずっと賃貸住宅や県営住宅を転々としてきました。

 

中古でいいのでマンションを買って、子供たちに実家を作ってあげたい。少しでも資産として何かを残してあげたい。

 

今はそれが私の目標になりました。

 

コミュ障や対人恐怖等はきっとこれからも治らないと思います。それでも今までは生活のために会社員としてがんばってきました。

 

でも、もし対人関係でのストレスがなくせるのなら…

 

こんな生い立ちなので、独りで稼ぐというのは私にはうってつけではないかと思っております。

 

独りが好きです。

 

独りが苦ではありません。

 

気の合わない人に気を使い続け、15時間以上拘束され続ける毎日を変えたいです。

 

そして目標であるマンション購入を叶えられたらいいなと思っています。

 

どうぞよろしくお願いいたします。長々とすみません。

 

読んでいただきありがとうございました。

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