褒められると違和感が…いつもびくびく仕事をし、怒られないよう努力している

生まれつきのコンプレックス、治せない不幸な悩み、体験談等

 

わたしのコンプレックスは、人と話すことです。

 

人にどう思われているのか、嫌われないようにしなきゃなどと劣等感を抱いているせいか人と話すことにとても疲れます。

 

そして、話したことを相手がどう思っているか、など気にかけてとても心疲れます。

 

そして、相手の顔色を見てしまうのも、親が厳しい方だったので怒られないようにしようとすることばかり気を取られて、自分の本心などを言えないことだと思います。

 

夕飯を食べていても、いきなり怒鳴り声があったり、びくびくした夕飯を食べていた記憶はあります。ですので、夕飯を一人で食べる方が楽しいなどと考えるようにもなりました。

 

さらに話す人もいないので、上達するはずもなかったので、うまく話せませんでした。

 

小学生の国語の授業で、朗読する時間の時はいつも嫌でした。うまく話せないからこそ、なぜか涙が出ました。そして国語が嫌いとなり、文を書くことも下手になりました。漢字も勉強から遠ざかりました。

 

高校の偏差値なんて、とても低くどうしようもありませんでした。もちろん、できないことなんて当たり前だと思っていました。なのに、うまくいかせようとも思っていませんでした。ほんと、国語から遠ざかりたい一心でした。

 

ただ、社会人となったときに、国語が下手くそなことが災いし、文章力がまったくないのでとても苦労しましたが、頑張るしかないと思い、努力していました。

 

その努力も親から怒られないようにする精神である人から怒られないようにするための行為です。いつも怒られないかびくびくして仕事もしていました。

 

そして、怒られないようにするための努力をしていたので、褒められると違和感を感じるほどです。

 

どうしていいかわからなかったという経験は多くあります。

 

わたしは、ただ怒られないように接するだけ、、、

 

仕事もノウハウを教わってきましたが、ただある意味怒られないようにする行為が人を気持ちよくすることだと変化したときはありました。

 

これが「貢献」ということでいいのかはわかりませんが、ただ守るための貢献かもしれません。この文を書いていても、正直どう思われるのだろうと不安ではあります。

 

次に、わたしは人生の中で自分を見失った体験です。

 

小、中学校とスポーツでよい成績を残し、高校で目指しているものに対してうまくいかずに、18歳で「挫折」のようなどん底を味わりました。

 

部活の監督などと喧嘩したり、部活の中になじめず、一人で戦っていました。

 

部活から追い出されて一人で練習した時期もありました。それほど、監督となじめず、上の人の考え方にはなじめなかったのです。

 

高校でこのような成績では先がないと思い、やめる方向で進めましたが、気持ち的にはまだやりたかった。という思いがありました。

 

でも、思いを殺して、やめました。

 

ここから自分のやりたいことを殺したので、何もすることがなく、先に何がしたいかさえもわかりませんでした。

 

とてもつまらない毎日、希望のない毎日でした。

 

やりたいことをするのではなく、目標を達成できるか達成できないかを考えて、無理なら無駄な努力とし、すべてを切り捨てるようにもなりました。

 

夜中に友達と遊んでいたり、社会の批判ばかりで、面白いことは何もないと思っていました。

 

当時、10代の恋愛の中でも、なぜか丁度、彼女にもフラれて、やることもなく、ただ夜中遊んでいる。そんな無力な自分を体験しました。

 

無知な自分が嫌で、見栄ばかりで何も行動しませんでした。

 

2年間ほど、このような生活していて、親にも迷惑をかけて申し訳ないと今も思っています。

 

情けない自分の話です。

コメントは受け付けていません。