湯灌を経験。亡くなった家族とは天国で会える。輪廻の輪を回せるよう系譜を紡ぐ

私が人生で一番死に直面して泣いたのは、祖父がなくなった時です。

 

戦前生まれということもあり、人にも自分にも厳しく、努力家で勉強家、生涯学び続ける姿勢と膨大な知識にはいつも尊敬していました。

 

分かりやすい愛情をかけてもらったという記憶はありませんが、向けてもらう視線や話や遊んでもらうことで、愛情を感じ、大好きでした。

 

そんな祖父も年齢が80を超えたこともあり、坐骨神経痛や内臓が様々な合併症を患い、ガンも発病する等して、もう長くはないという状態になりました。

 

最後にお見舞いにいった時は、会話もままならない状態で、その姿を見て、しっかりして毅然としたオーラを纏っていた祖父がこんなか細く・・・といった気持ちもあり、すぐに病室を出て2時間程嗚咽が止まりませんでした。
その一週間後くらいに、亡くなりました。

 

葬儀では初めての湯灌をしたり、親族代表として受け付けをしたり、忙しかったことを記憶しています。

 

身近な死を感じたのは祖父の時が初ということで、死後のことや、天国に祖父が行ったイメージ等、色々思い描いたりしました。

 

その翌年、父親の兄、翌々年父親、さらに次に祖母とドミノ倒しのように父親側の家族が亡くなりました。

 

毎年喪中で、今年こそは喪中ではないと信じたいです。

 

父親がなくなる前は、東京で入院していたため、新幹線でお見舞いに通っていました。

 

スキルスで末期ガンだったため、どのような投薬や治療も叶わず、年齢は60程でしたが、逆に進行が早く手の施しようがないということでした。

 

それでも闘病により、余命半年という状態から1年半頑張って生きてくれました。

 

最後はモルヒネにより意識混濁、意思疎通が難しい状態になり、別人になったかのような父親を前に悲しさや辛さが押し寄せて、直視するのが難しかったです。

 

ずっとふさぎ込んでいても仕方ないということで、東京観光を当時付き合っていた彼女としましたが、それが終わった時にちょうど最後の危篤状態となり、無事観光できました。

 

最後に空気を読んでくれたのかなと思っています。

 

沢山の親族をここ5年でなくして感じたことは、二度と会えないと思わず、死後天国で会えるかもしれないという希望を持った考え方です。

 

なので、自分も天国にいけるように、輪廻の輪を回せるように、系譜を紡いでいきたいと考えています。

 

そのためにも、しっかり仕事を頑張りたいのに、心の療養が必要になってしまいました。

 

そこで松田さんの動画を拝見し、現在に至るという流れです。

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