プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

生まれつき・コンプレックスの悩み

すね毛が濃く、小学生の時に通販ですね毛のクリームを塗って脱毛していた

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生まれつきのコンプレックス悩みですが、社会人になって数年まではチビなこと、そして高卒ということが嫌で仕方ありませんでした。

 

チビは悩んだところでどうしようもないんですけどね。

 

小学生のころから、あだ名はチビ。

 

そう言えば、チビ以外にもすね毛が濃く、小学生の時に通販ですね毛のクリームを塗って脱毛する、という商品を買ったことがあります。

 

今思えば、どれだけ体に悪いものだったんでしょうか。

 

それだけ、人から言われることには敏感に反応していました。

 

チビはさておき、問題は低学歴問題。

 

今でこそ、そんなものどこ吹く風、ですが、相当に強いコンプレックスでした。

 

高校を出て就職したわけですが、管理職以外は全て高卒という会社。中には中卒という方もいました。

 

入社ももない頃、次期社長と目されていた当時の副社長、本家の婿殿が亡くなりました。それから、しばらくして本家の、これまた婿殿が部長として迎え入れられました。

 

当時の社長は分家筋です。その婿殿が数年たって社長職に。

 

25歳の頃のことです。

 

しかし、何のいたずらかわかりませんが、田舎の中小企業です。

 

社員の誰もが断り続ける中、最後の最後、という当時一番若かった私に東京支社への赴任を打診されたのです

 

おりしも私は結婚したばかり。

 

妻も高卒ではありましたが、銀行マンの娘でした。4人姉妹でしたが、娘婿は全て大卒。しかも、早稲田の政経やら、慶応やらという錚々たる学歴。

 

学歴なんて関係ないと高をくくってはいましたが、流石に、嫁の実家の集まりがあるたびに身につまされる思い。

 

そんな劣等感だらけの中での東京転勤の話。

 

自分の狭い殻から抜け出したい。チャンスをつかみたいという思いで二つ返事で転勤の話を受けました。

 

妻も転勤族の娘だったこともあり、何ら抵抗がなかったようです。

 

東京では、観光もしこそこに、身銭を切ってマネジメント系の資格を取るためにスクールに通ったり自己投資に余念がありませんでした。

 

そんなやっと調子が出てきたころには、本社へ帰社の命令が。

 

今度は、新規プロジェクトを立ち上げるにあたり、責任者になる人間がいないから、と。

 

今からちょっと富士山や尾瀬に行ったりしようと思っていた矢先。

 

ある意味、栄転と言われればそうですが、プロジェクトリーダーを任されることに。

 

プロジェクトリーダーと言っても、所詮は一番年下の社員です。

 

100人規模の会社とは言え、子会社の取締役になったことでも、陰では散々言われていたようです。

 

しかし、人から頼まれたり、誰もやっていないことに挑戦するのはハナッから好きな性分。

 

頑張りましたよ。

 

しかも、総務部付けなので、経理以外の人事や庶務など、すべての総務の業務に携わります。

 

新社屋の建設もありました。そして、採用担当という肩書も。

 

人間、やればできるもので、経験のないことでも何とかできるものです。

 

それは、東京支社への転勤の経験も大きく活かされたと思います。

 

そして、実は結びませんでしたが、東京で学んだマネジメント(コンサルタント)資格所得のための勉強も。

 

そして、いよいよ高卒者が全国を回って会社説明会や大学周り、採用面接も行いました。

 

その頃からでしょうか。

 

ようやく、高卒のコンプレックスが薄らいだのは。

 

そして、プロジェクトも軌道に乗り、総務部に居ながらにして営業のサポートも行い、東京で営業職だったころよりも会社の売り上げには貢献しました。

 

そういう意味では、人生、何でもやってやれないことは無いし、無駄は無いと思った次第です。

 

しかし、熱しやすく冷めやすいのも後には災いしますが・・・・。

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