母親の権利が尊重され、多くの独身女性、男性が犠牲になっています

とにかく理不尽な事が嫌いです。

 

頑張っている人が報われない、人の足を引っ張る、声の大きい人、図々しい人が得をする。

 

段々そんな傾向が強くなってきている気がします。

 

一部の情報を切り取って人の意志を曲げるテレビ報道には嫌気がさし、テレビのニュースは見なくなりました。

 

ネットも偏りがちな世界ですが、色んな見方の意見を知ることが出来るのが利点だと感じます。

 

ネットによってたくさんの情報を得られる事によって、より刺激的で声が大きい意見が注目されがちで、組織も正義よりもクレームを恐れた弱腰な対応にがっかりさせられる事も多くなってきています。

 

企業には信念を持って自社商品や社員を守って欲しいのに。そうやって企業や組織に失望させられる事がとても残念です。

 

あと、普段あまり表では言えない事ですが、いわゆる女性の権利を主張するフェミな人たちが好きではありません。

 

区別と差別は違います。平等を要求しながら一方では特別扱いを望む。同じ女性ですがとても理不尽を感じます(「同じ女性」という表現は大嫌いなのですが…)

 

最近周りで特に強く感じている事は、母親の権利が尊重される裏で多くの独身女性、男性が犠牲になっている事。

 

子供を産み育てる事は立派な仕事であると理解しているし子供も嫌いな訳ではありません。

 

しかし「妊婦・母親の社会復帰」の影にはそれを無条件で支えなければいけない多くの人達がいるのです。

 

母親が定時で仕事を終える為にフォローする人がいて、子供の行事の為にシフトを代わる人がいて。でもその逆は無いんです。ならばいつ抜けても大丈夫な仕事にすればと思っても、彼女らは自分にしか出来ない責任のある仕事を望みます。

 

友達も仕事を評価された故に、そうした働く母親と同じ部署でフォローアップをさせられ、平日は残業、休日出勤、有給を取りたくてもフォローしてくれる人はいない。自分のプライベートも充実できず、良いご縁も出来ないという悪循環。そして体を壊して仕事を変わらざるをえなくなりました。

 

友人は「会社の女性の幸せは私達の犠牲の上に成り立っている」と言っていました。

 

大きな声では言えませんが、今かなり深刻な事態なのではないかと思います。

 

そしてそれを主張できない世の中です。だって母親は正義ですから。社会全体が支えるべき存在ですから。

 

個人的な意見ですが、母親という大きな仕事を持っているのに、更に社会に出て仕事がしたい、認められたいというのはとても贅沢な主張だなと思います。

 

それを誰の犠牲も無く成立させられる環境なら良い事でしょうが、現状は確実に誰か犠牲によって成り立っている。そんな歪んだ図式に憤りを感じます。

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