受動型アスペルガーから積極奇異型に転向。変人扱いされ、総好かん状態に

私は学校カーストの最底辺にずっといたので、そういう話題にはこと欠かないですね。

 

幼少期は、親に「外で友達と遊びなさい」と言って、家を追い出されるので、強制的に周囲の子供と仲良くしているという演出が必要なんですよ

 

子供の頃は親に怒られないように「良い子」を演じなければなりませんからね。

 

でも、運動能力がないために、何をやってもゲームにならず、からかわれたり馬鹿にされてハブられて終わり、みたいな。

 

で、ファミコンとかジャンプとかも参加させてくれませんでしたね。

 

持っていないから話についていけないし、他人の家に集団で行ってプレイするとしても人が他のことを始めないとやらせてもらえませんでしたね。練習していないのですぐゲームオーバーになるし。

 

本当に惨めな子供時代でした。

 

中学時代は訳あって外国の日本人学校にいました。親もみな顔見知りで、強制的にお泊まり会などを組まされました。

 

状況は小学校の頃と変わりませんでしたが、他のメンバーが徹夜マージャンに移行すると、私だけが余るので、ファミコンを一人で黙々とやりました。

 

そうすると、時々リーダー格のヤツが覗きに来て、「バカじゃねえの」と言って行きました。

 

あの頃は地獄でしたね。

 

もっとも、松田さんのような凄惨な暴力は受けていないかもしれませんね。

 

私は受動型アスペルガーだったので、大人しく目立たず、人との関わりをなるべく持たなかったのです。だから人も私をそれほど相手にしなかったのです。

 

しかし、中学で「このままではマズい」と思い、積極奇異型に転向したんです。

 

そうすると、ますます変人扱いされるようになり、高校では学校中から総好かん状態になり、退学を訴えましたが、親に強制的に行かされ、地獄でしかない修学旅行などにも強制参加させられたのです。

 

大学でもボッチでしたが、むしろ一人の方が考える時間が増えて有益だったし、気が楽でしたね。

 

大学というところは、閉鎖的クラスに強制的に押し込まれるという状態ではないので、グループの人間関係とかを考える必要がないんですよ。

 

発達障害ゆえ、育ってきた経緯が普通じゃないので、社会に出ても孤立は免れません。人と関わり方の秩序が違うんですよね。

 

一般人は場の空気とか慣れ合いとか、同じ考え方の中から外れる者を迫害し、ネガティブキャンペーンを張っては異端者を魔女狩りして排除するんです。

 

そして合理性とか進歩することを犠牲にするんです。

 

私は常に何が効率的なのか、何が正義なのかを堂々と論理展開するために、和を乱す自分勝手なヤツという扱いを受けます。

 

良い社会を築きたいのであれば、何が効率的で何が正義なのかを真っ向から議論し合って、建設的な答えを導き出していくのが正解だと思うのです。私が絶対正しいとは言いませんしね。

 

ところが、私と対等に議論して建設的な答えを出せる人に出会ったことなんかないんですよ。

 

ほとんどの人は、異論を唱えると、喧嘩を売られていると解釈し、何を言ってもディスるだけで口先で勝った振りをして現状維持、みたいなパターンなのです。

 

そういう、性質の違いが徐々に知られて行くと、徐々に迫害されて自分から辞めるようにパワハラを受けます。具体的に何と言っても、ありとあらゆるディスりですね。

 

会社では自己都合退職しかさせない、会社都合退職はしないのです。色々不利になるから。

 

汚い世の中ですよね。

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