プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

生まれつき・コンプレックスの悩み

高校が転落人生の始まり。親の命令に屈服し、心の芯がポキッと折られた

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松田さんと出会って、今は自分も変われる、あー変わるなぁーと思えているので気持ちが軽いです。

 

なので、過去に悩んだことや、コンプレックスを書きます。

 

今でもなんとなく気が重いなと感じるのは、成人式に行かなかった、行けなかった自分です。

 

劣等感が、やはりあります。

 

中学3年間は、文武両道。

 

3年生の時はキャプテンに選ばれました。勉強も学年ではトップ3には常に入っていて、親からの期待にも応えられていたし、自分も天狗になっていて勉強は出来て当たり前。そんな風に思っている生意気な学生でした。

 

進学塾に3年間通っていた努力が実り、京大、阪大、神大、関関同立、早慶上。そういう大学に進学率の高い高校に受かりました。

 

ですが、入ったのが僕の転落人生の始まりでした。

 

進学率のことしか調べておらず、肝心の学校生活のことにはまったく調べていませんでした。

 

地獄の始まりは、軍隊のような校則です。

 

特に、頭髪検査に嫌気がさして、拒絶反応が出ました。

 

髪をカットしても、「何ミリ髪が長い。切り直し。」ふざけたことを何度も言われるので、退学したいと親に言いました。

 

もちろん反対され、とにかく行けと言われ、根が真面目なため、嫌々学校に行ってました。

 

ですが、あまりにも窮屈、押しつけ、押さえつけ、拘束、洗脳、そういう体質が頭髪検査以外にも見られたため、勉強をしないという方向で親や学校に反抗していました。

 

本当は親に「絶対に行かない、高卒資格は大検で取る。退学する!」と一本筋を通せば良かったのですが、親の「行け!」という命令に屈服。

 

なにか、心の芯がポキッと折られた、折れたような感じを受けました。

 

それ以来、何に対しても引っ込み思案になり、喧嘩を売られてやられてもヘラヘラ苦笑いをしてやり過ごしたり、自分をクズ人間と思うようになり、他人と壁を作るようになりました。

 

留年をすること無く卒業をしましたが、全く大学に進学する気力もなかったですが、形だけ受験をしましたが全滅。

 

大学に行く気は無かったのですが、親が大学に行けと言うので、予備校に通いましたが、実際は予備校に行く振りをして、ずーっとゲーセンで時間をつぶしていました。

 

今年も受けるところが全滅したら、親がとやかく言ってくると思ったので、Fランクの大学で、とにかく近場、それだけで大学を選んで合格しました。

 

遠いと、それだけで大学に行かなくなるのが目に見えていたため。

 

Fランクの大学に通う自分が情けなさ過ぎて、6月頃にパニック障害になりました。

 

幸い、理解のある先生方に恵まれて、薬を飲まずカウンセリングだけで、死の衝動、30分ほどの発作の症状を克服出来ましたが、廃人のような大学生活を送り卒業しました。

 

中学の友達が見たら「お前、落ちぶれたな」と言われると思うし、高校の連中が見たら「高校も劣等生で今も劣等生、当然やな」と言われたとしても、何も言い返せないことが惨めでした。

 

とてつもなく自己イメージが低く、価値が無い人間、セルフイメージが低いことが悩みで色々な教材やセミナーに参加しましたが、根本的な解決には至りませんでした。

 

今は、そこまで価値が無い人間だとは思わなくなりましたが、まだまだ引っ込み思案なところがあります。

 

もっと全力で生きたいなと思う自分が居ます。

 

男は、「仕事・収入」が自信とリンクしていると思います。

 

「独りで仕事をする分野」に挑戦すると決めたので、過程ではなく結果を楽しむ成功者になれるように動いています。

 

お金に対するメンタルブロックを壊す。浪費と消費で人生を終えるループから抜け出す。

 

マインドセットに自己投資をし、売り手側の視点が見えるようになりました。

 

「あー、これも買わそうとしてるな」とか「このニュースって、この商品を売るために流してるやん」とか、今まで見えなかった意図が、松田さんから教えてもらったことを意識に上げて見ると、少し世界が違って見えて面白かったです。

 

もっともっと自己投資をして結果を出して、嬉しい報告が出来るような自分になります。

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