連れションを言う奴の神経がよくわかりません。「自分一人で行け」と無視

「人を自分から切っていくこと。」

 

こいつ、頭おかしいとか、寂しい奴とか、思われてると思います。

 

でも、全然おかしいと思いません。その場しのぎの薄っぺらい関係性なら、要らないと思ってるからです。

 

連れションを言ってくる奴の神経が今もよくわかりません。「自分一人で行けや」と思いながら無視していたのを覚えています。

 

「半年、何も連絡が来なければ、電話帳から即削除。」こういうことも普通の人はしてないのかなと感じています。

 

人間関係の構築スキルは低いと思っています。

 

年賀状は、中学を卒業した後は自宅に来たことがありません。

 

自分がそういうのを面倒くさいと思って返事すらしないのも関係していると思いますが、なんとなく何も繋がっていない、吹けば吹き飛ぶもろい関係に見えて、しらけた目で見てしまう自分が居ます。

 

さすがにディズニーランドやUSJに一人でいくことは出来ませんが、食事をするところ、ジム、セミナー、映画、学校など、だいたいのところには、ぼっちでも平気です。

 

人の連絡帳を見る機会がたまーーにあるのですが、連絡を取ってないのに連絡帳に何百件と入れている人を見ると、不思議に思ってしまいます。

 

人間関係、友達の少なさ。本当に、昔から付き合いが少なかったです。

 

中学の時は、同級生と話が合わず、自分が心を開いていたのは、通っていた塾の大学生の先生です。今でも名前を言えます。

 

中学3年生の夏休みにクラブ活動に行かないで勉強ばかりしていましたが、周りも当然のように勉強していたため、自分の成績が伸びずに下がりました。

 

自暴自棄になって、先生にも愛想の無い言葉で突き返したのに、「なにかあったら言ってくれよ」とか「気晴らしに塾終わりにゲーセンに行くか」と声をかけてもらったことを今でも覚えています。

 

実際にゲーセンに行って、落ち込んでいる理由を話しました。

 

すごく気持ちが楽になって成績が伸びたのを覚えています。

 

つっけんどんな態度を取れば、塾の先生といえど、「お前、いい加減にしろよ!」と言われてもおかしくないですが、怒らないで、気持ちを汲んでくれたことは、今でも心に残っています。

 

どんな出会いでも、最初から親しいことはありません。

 

最初は、誰とでも少し距離を置いて接します。

 

そこから友達になり、親友と呼べる関係になるのが理想ですが、そういう関係性を築けるのは少ないと聞いたこともありますし、自分もそう思っています。

 

そういう価値観があるので、友達というのが少なくても、気にしないのが、他人からすれば変な奴に移ることなのかも知れません。

 

ですが、松田さんとKさんのやりとりの中で、「明日から僕がKさんのコンサルをやめますって言ったらどうですか?」と聞いて「嫌です。生きていけないです・・・」と返信があったとき、本当はこういう関係性を持ちたいなと強く思っている自分を知りました。

 

「○○さんが居なかったら寂しい。」

 

心と心が繋がっていないと、この言葉は出てきません。

 

僕は直接、松田さんと接点がありませんが、教材や動画などで、松田さんとの接点が無くなってしまえば、寂しく思います。

 

せっかく、出会いたいと思っていた人に出会えたのに・・・と。

 

惜しげも無く弱き者に手をさしのべる姿、すごいです。

 

昔、お世話になった塾の先生と似ているように思いました。

 

お金で繋がっているような関係では無く、目に見えない何かで繋がっている。

 

そんな人間関係を作れたら良いなと思っているので、自分の「人との付き合い方」を変える時期に来たと思っています。

 

ビジネスのマインドセットを学んでいますが、人として当たり前のこと、基礎基本土台の部分を教えとして学ばせてもらっています。

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