40才で理美容のはさみの研ぎの仕事。椎間板ヘルニアで工場勤務できなくなった

 松田様 初めまして秋田の@@@と申します。

 

私は高校卒業後地元の工場で正社員として働いておりました。

 

30歳の時椎間板ヘルニアになり、工場仕事がきつく我慢できなくなり、40歳で工場をやめ、理美容のはさみの研ぎを始めました。

 

退職金で富山に行って研修を受け機械を買って秋田で仕事を始めました。

 

その時結婚をしていて小学一年と幼稚園に入るところの娘二人がいました。

 

気合を入れて今まで経験のない飛び込み営業をしながら朝から晩まで車で回りましたが月に10万がやっと。

 

実は秋田県内で研ぎ屋さんは5~6人いるらしいという事を知らずにいました。

 

当然ほかの研ぎ屋や理美容の材料屋には『あの研ぎ屋は鋏をだめにするらしい』と噂を流されなかなか試し研ぎをする人も見つからなかったのです。

 

私はほかの研ぎ屋さんの悪口は絶対に言いません。

 

『気に入ってくれたら次来た時もお願いします。』というだけです。

 

一年ほどやりましたが貯金も底をつきこのままでは生活ができないと派遣社員で地元の自動車部品工場働き始めました。

 

仕事はきついです。

 

生活時間もめちゃくちゃになります。

 

もともと身体が強いほうではなく、腕力・体力もありません。

 

年に3回はヘルニアになり、五十肩、肩痛、ひじ痛と体のあちこちに痛みが出るようになりました。

 

50歳の時にはとうとう糖尿病になりました。

 

食事制限と飲み薬でなんとか抑えている状況です。60キロあった体重も47キロくらいまで落ちてしまいました。

 

会社の階段を上がるだけで息が切れるほど体力もおち、それに伴い何をす気が起きないほど気力も低下しました。

 

しかし、家族を養うために働かなくてはいけません。

 

20、30代に交じって、がたがたのカラダで必死になってもついていけるはずはありません

 

私には両親は87歳の父と82歳の母がいます。

 

父は5年ほど前心筋梗塞を患い、母は膝痛、膠原病、糖尿病を患っています。

 

夜勤の時は父が朝5時から雪かきをしています。秋田でも豪雪地帯の横手市です。朝、昼、夜と一日3回雪かきをしなければとても大変なことになってしまいます。

 

さすがに高齢の父親にこれからずっと雪かきを任せるわけにはいきません。

 

田んぼや畑も任せっきりです。

 

私の代で売りたくないと考えているしもう少し年齢がいったらもっとしっかり農業をやってみたいと思っているからです。

 

お金を稼ぐために家族を犠牲にするという事は本末転倒じゃないかと考えています。

 

家族のために働く、でも金を稼ぐために大きな負担を家族にかけなければならない。

 

私のジレンマの大元です。

 

百姓をして家族の面倒や介護をして一日一日穏やかに暮らしたい。ただそれだけ。

 

いい服や車、食事にはきょうみがありません。

 

でも金がなければそれができない。いったいどうすればいいか。

 

頭がおかしくなりそうです。

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