工業的畜産業は動物いじめ。犬、猫と牛、ブタの間に境界線をひいて差別している

幼稚園児のころは、何の変哲も無い、普通の子供でした。小学校へ上がってからも、普通のごく大人しい子供でした。

 

小学校3年ごろから、精神的に病んできて、学校でいじめやいたずらをするようになりました。

 

いじめは同級生にあだ名をつける。しかも、かなり屈辱的なあだ名をつけたりしてました。

 

このころは陰湿ないたずらやいじめを多くやってきました。

 

期間としては、小学校の3年から4年にかけてです。本当に陰湿でしたね・・・

 

となりの席の女の子のクレヨンをみじゃみじゃにしたり、他の子の席に画鋲を置いたりとか、無茶苦茶してました。

 

そして、運動場の遊具を使った危険な遊び方を新しく考えて、誰かひとりをブランコの下に寝させて、ブランコを漕ぐということもやってまして、ほとんどの遊具を正しい使い方で遊ぶのでは無く、
独自の危険な使用法を続々と考えて、やっていたため、担任の先生に怒られたり、校長室に呼び出されて、正座させられていたりしました。

 

そして、みんなでひとり一鉢、植物を育ててたのですが、何の植物かは忘れましたが、その鉢を全部倒し、水びたしにして、全滅させました。

 

担任の先生は誰がやったのか、正直に名乗り出なさいと訴えかけましたが、名乗りでることも無く、自分も被害者ずらしてました。

 

今、この時の自分を振り返ると恐ろしいというか、まるで、殺人事件を起こして、すっとぼけて被害者の葬儀に出席するような事と同じような事をやってしまっていて、その後、よく犯罪者にならずに済んだなと思っています。

 

一生の中でも、この小学校3、4年生のころが、一番の汚点で、消したい過去ではあります。

 

学校では、特に問題のある生徒ということで、担任の先生が我が家を訪問して、両親といろいろ話し合ったりしてました。

 

私は体が大きく、あまり、いじめられることは無く、いじめる側でしたが、もちろん反撃されたり、やり返されたり、クラスでひとり孤立して、罵倒されるということもありました。

 

人生最悪の小学校3,4年生ですが、その前の1年生ごろランドセルを背負って下校してる時に、道端で2人で私の陰口を言っているところに鉢合わせをして、私に罵声を浴びせながら、歩いている私のランドセルを標的に石を投げ続けられたことがありました。

 

この小学校の時の集団の中で孤立し、罵声を浴びせられるというのが、けっこう強烈な体験として、頭に心に焼きつき、その後、社会に出て、会社員として働くようになってからも、集団の中には馴染めない、いつも一人でポツンとしているという生活になっていったような気がします。

 

そういった意味では、今は派遣で会社の組織の中には入ってますが、あくまでも正式なメンバーでは無いというところが気楽と言いますか、心の底ではこういう立場を望んでいて、それが実現してるのかもしれません。

 

若いころは、周りの人と雑談をかわしたり、冗談を飛ばしたりして、周りの人の中でうまく立ち回れる人をうらやましく思ったりしてましたが、最近はほとんど、そういう思いは無くなってます。

 

年齢的な物か、「陰謀論的」な考えで、そんな小さな自分だけの事を考えてる場合では無い、世界が心配だ、地球が心配だ、日本が心配だという気持ちがあるからかもしれません。

 

いじめという事に関しては、小学校3、4年生の時がひどくて、その後、5年生になるころには、あまり、いじめや変ないたずらをすることは無くなり、いじめていた子とも仲良く話せるようにはなってきました。

 

私はもともとおかしい子供だったようで、それは幼稚園のお絵かきの時間でしたが、となりの子供は大人になったら、こんなクルマに乗りたいというクルマの絵を描いたのですが、一方の私は矢が飛んだり、槍や刀が飛び交っている絵を描きました。

 

保母さんは私の親に子供が描く絵じゃない、子供らしさが無く、病んでいると言ってました。

 

そんな病んでる私でしたが、人間に対しては敵対心を持ったりしてましたが、小さい動物などには、哀れみの心を持っていて、小学生のころに上級生がカエルを殺したり、イモリをスコップでみじゃみじゃにして殺したりしてるのを、怒ったりしてました。

 

そして、動物をいじめているというのは、現代の工業的畜産業です。

 

虐待というか、処刑ですね・・・

 

自分たちも同じような哺乳類で、犬や猫は可愛がるのに牛やブタは殺して辺り前と思っている。

 

犬、猫と牛、ブタの間にはっきりと境界線をひいて、これも差別と言えますし、いじめとも受け止められます。

 

いじめなんて生やさしいものでは無く、ものすごく残酷な目に遭わされて、そして、殺されて行きます。

 

だから、いじめという意味では肉や卵を食べ、革製品を使っているのは牛、ブタ、ニワトリをいじめ続けるということでもあるのかもしれません。

 

そういう観点で、私は菜食者になろうと思い、食性を変えたところです。

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