FXは修行!?異常な集中力がつき、脳の絶頂感が…この世の有様を感じるように

 FXを始めて6年になるのですが、その中で体験したことがスピリチュアルに関係あるかもしれませんので書いてみます。

 

値動きのチャートを集中して見る癖がついたせいか異常な集中力が身に付いたと思います。

 

達磨大師が壁に向かって9年間洞窟で修行したという話を聞いたことがありますが、ちょっとそれに似た修行のようなものを、修行と意識せずにしていたようなのです。

 

部屋でぼーっとしていると頭の中が異常な快感に包まれます。至福感と言うのでしょうか?

 

その後尾てい骨の下、足の付け根のあたりまで背骨の中を快感ともやっとした「気」のようなふわふわした感覚に包まれます。

 

その感覚は頭頂部から尾てい骨の下までつながっています。

 

で、その時思うのはこの感覚さえあれば人生に他には何も必要ないな、という気になります。

 

この世の有り様みたいなものが感じられるのです。

 

社会的に想像できるすべての願望を達成したとしても直接肉体に得られるのは脳の快感のみです。満足感であったり幸福感、優越感もあるかもしれません。

 

当然快感もあります。

 

例えば高級車を買ってもそれは社会的に手に入れたと言うことで、身体的に直接手に入るのは満足感や優越感スピード感などの脳の快感なわけです。

 

その快感より、恐らく強い快感がずーっと続くんです。絶頂感が続く感じです。

 

なのでおのずと座禅を組むような瞑想をするような姿勢をとるようになりました。

 

で、社会的に生活を営む上での人々の価値観と言うのは何か錯覚をしてるんじゃないかと思うようになりました。

 

それからネットで精神世界のようなことを調べるようになりました

 

で、その時初めて知ったのですが、精神世界やスピリチュアル的なものを求めている人が多いことや
仏教の悟りと言うものを得ようと目指している一般人の人が存在することに驚きました。

 

その中でこの僧侶は悟っていると人々が認めている禅師の座禅会に行ってみました。

 

でそこで独参というのがあって一対一で話ができるのですがその体験とその時感じた宇宙感を言ってみました。

 

「それは禅では無我の境地と呼んでいます」と、言うことでした。

 

言葉では説明できないのですが、要約すれば「宇宙は全部自分だ」ということなのですが、その自分と言うのはいわゆる社会的な自分ではありません。

 

その後興味を持つようになり他にも悟りを終えたとかスピリチュアルを語っている人の話を聞きに行きましたが思い込みかビジネスやっている人が多いように感じました。

 

多分思い込みが多いと思います。

 

例えば私(自我)という存在は無いと公言されていても自分の所有物は人一倍持っていると言うように。

 

釈迦もキリストもマザーテレサも自分の所有物なんて持っていたのでしょうか?

 

「有る」とか「存在」とか言う言葉を多用する人も本物ではないと思います。

 

多分それは社会的な人間の錯覚なのです。

 

なので社会生活を営んでいる人でスピリチュアルの指導者として語っている人でも本物の悟りを得た人や聖人はほとんどいないと思います。

 

でもこの世の有り様というものは垣間見れたと思います。

 

無門関と言う禅問答の教科書のようなものがあるのですが、その答えもわかるようになりました。

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