プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

スピリチュアル

神棚にお願いをやめると成績が下がり、高校・大学受験に失敗。学歴コンプレックス

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松田豊 様

 

私は38歳の男、現在無職です。直前の仕事は運送関係です。約5年余、期間雇用社員として集配業務に携わっていました。

 

「独りで成功するための7ステップ」のステップ2を始めさせて頂くために、私が知っているスピリチュアルなことを松田様にお伝えいたします

 

私は神棚に手を合わせる両親のもとに育ちました。普段、仕事で忙しく、イライラしがちな父親が神棚に手を合わせて真剣に何かを祈っている後ろ姿が印象的でした。

 

小さい頃、私は父親が本当に怖かったです。

 

夕食の時のことです。私が箸からおかずを落とした際に、父は何も言わずに私を殴ったことがあります。

 

幼い私は、何がそんなに悪かったのか意味も分からないので、ただただ、泣き叫びました。はっきり言って、今も意味が全く分かりません(笑)

 

おそらく仕事で嫌な事があったのであろうと推察できたのは、自分が仕事をし始めてからです。

 

そんな怖い印象が先にくる父親に、小さい頃の私は聞きました。

 

「神棚で何をお願いしているの?」と。

 

父親の答えは幼いながらに意外でもあり、嬉しいものでもありました。

 

「神様に家族の健康をお願いしているんだ」

 

その頃から私は人間を見守る神様の存在を自然に受け入れていました。

 

そして、幼いがゆえの純情からか、「神様はみんなのことを見守っているはず。だから、自分の家族のことだけをお願いするのは良くない。」などと思い、私は神棚に手を合わせる時に「世界中の人が幸せになりますように」と、お願いするようになりました。

 

そのくせ、子供のわがままなところも存分にあり、テストの前には、いい点数を取れますように、と必死にお願いしていましたし、席替えの時は、好きな女の子の隣に座れますように、というのもお願いしていました。

 

そんな無邪気な幼児期が過ぎ、自我が目覚める頃には、神様の存在を受け入れつつも、「天は自ら助けるものを助く」というのだから、お願いをするのは、かっこ悪い、と思い、神棚に手を合わせるのは形だけになり、お願いをするのはやめました。

 

すると、不思議と勉強の成績が下がっていき、まず高校受験で一番行きたかったところには行けず、大学受験も一年間浪人したものの第一志望の地元の国公立大学には合格しませんでした。

 

受験に失敗したという劣等感だけは強く残りました。いわゆる学歴コンプレックスというものが出来ました。

 

「自分は失敗した」・・・という挫折感だけが深く、大学在学中は勉強に打ち込むこともできず、友人とワイワイ騒いで遊ぶこともできず、部屋に引きこもり、本を読むか、ポルノビデオを見るか、ただ寝るか、という時間を送りました。

 

具体的な将来の仕事のイメージもつかず、ただただ人生を悲観して、いつも暗く重苦しいものが私の心を占めていました。

 

そして、取得すべき単位が足りず、一年間の留年が決まった時に、私の精神はおかしくなり、一人暮らしの部屋で暴れているところを、警察と家族に保護され精神科専門の病院に入院させられたらしいのです。

 

「らしい」というのは、この時の記憶があいまいだからです。

 

自殺したいと思い、包丁で腹を切ろうとして、けど怖くて、自分の腹に突き刺すことが出来ず、
「俺は生きる意欲もなく死ぬ勇気もない、なんて情けないやつだ」と、自暴自棄になって、自室の床に包丁の先端が曲がるくらいに強く突き刺したところまでは覚えています。

 

その後の記憶は断片的です。

 

俺の人生は終わった、と、ベランダからものを投げ捨てたり・・・

 

近くの喫茶店で友人と待ち合わせているので、とか言って深夜2時過ぎまで居座り、お店の人が警察を呼んだり・・・もう、まともな人生は歩めない、ヤクザにでもなろうと頭を丸坊主にしたり・・・

 

今では、何が先で何が後かも思い出せない数々の奇行に走りました。完全に狂っていたのです。

 

そして入院。3か月程入院したかと思います。「統合失調症気味」と診断書には書かれていたかと思います。15年も前の話です。

 

入院のため、大学を休学。退院後、なんとか通い始め、合計で7年かけて卒業。

 

その後は、アルバイトをしたり、なんとか正社員になったものの半年で出勤できなくなったり、という経験を経ながら、徐々に薬が減っていき、直近の5年余は期間雇用社員とはいえ、周りの人と同じくらいの負荷には耐えて仕事をしてきました。

 

この間、潜在意識について書かれている本やビジネス本を読み続けていました。

 

自分が世間一般のレールから大きく踏み外れたことは分かっていました。

 

それでも、成功を諦めきれずいたので、学ぶことでなんとか道を拓きたいと思ってまいりました。

 

ところで、私の、「神様にお願いをすることをやめたこと」と、「学校の成績が下がり、精神病になって、苦しい人生を送ることになったこと」が、なぜ「スピリチュアルな話」になるのか、疑問に感じられるかと思います。

 

この3つが私の中でつながっているのは「思うまま」  松下幸之助 著  PHP文庫の以下の一節にあります。

 

~~~~~~何か大事を行おうとするときには、人は誰でも真剣になる。

 

そして神仏などに祈りを捧げて事を行なうというような、いわば敬虔な気持ちにおのずとなるようだ。

 

これはひとつには、大事を前にして神仏の力をも借りたいという心が働くのであろう。

 

しかしまた、そういう敬虔な態度をとることにより、おのずと素直な心が生まれ、みずからの実力を十二分に発揮し、高い成果をおさめることにもなるのだと思う。

 

何事によらず神仏に祈るほどの真剣な気持ちになるならば事も成就しやすいのではなかろうか。~~~~~~

 

私は、松下幸之助のこの洞察に、人間の願望と、人智を超えた神仏の存在と、すべての人をつなぐ無意識の層の不思議な力、の3つを関連づけるスピリチュアルな視点を感じています。

 

そして私の過去のつらい体験も、これを知るためであったと考えます。

 

自分でも上手く書き表せないことを読んで下さり、誠にありがとうございました。

 

松田様の器を広げ、共に学ぶ方々の一助になれば幸いです。

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