いじめは塾が要因!?人間関係が疎遠になり、他人を労わる心が育成できない

私の田舎(福島)では、私の学校に通っていた年代(もう4,50年前)でいじめの問題はそんなに発生していなかったですね。

 

個人的にいじめられた経験は、小学校低学年の時に2学年上の数人い囲まれ「お前生意気」と言われたくらい。でもどつかれもされませんでした。

 

当時聞いた話で一番酷いなと思ったいじめはある女の子がトイレに呼び出されて自分のうんこをなめさせられたとうことですね。

 

この数十年、日本ではいじめの問題が大きく取り上げられています。

 

なぜ、こうなったのでしょうか。

 

私が小学生の頃は、ご近所の交流が盛んでした。当然子供たちのつながりもありました。

 

私が小学生時代は、学校から家に帰って遊ぶ時は、6年生から1年生までみんなで集まって、遊んでいました。

 

リーダーの6年生は、1年生まで含めて良く面倒をみていたものです。6年生が卒業すると次の5年生がリーダーとなって新1年生を迎える、そういう秩序がありました。

 

上級生が下級生を守るということが当たり前のように行われていたのでいじめも少なかったと思
います。

 

ところが私が6年生くらいになった時(今から45年前)に私の田舎でもちょっと異変が起き始めました。

 

塾が出来始めたのです。

 

塾に行くとこの遊び仲間の輪から外れますので、付き合いもなくなります。これらの連携がなくなり、人間関係が疎遠になって来ました。

 

こうなると上の者が下の者をいたわるという当然のルールが身につかなくなります。

 

いじめの問題は、他人を労わる心があるかどうかですので、この心を育成するチャンスが減っていったのは、現在につながるいじめの要因のひとつだと思います。

 

もうひとつの要因は、「みな平等教育」=仲間外れになりたくない、の影響でしょう。

 

いじめに加わっているものも多くはそれが楽しくて、やりたくてやっているのではなく、「仕方なしに」仲間に加わっている、もしくは加わらざる得ない状況になっているのだと思います。

 

参加しないと今度はいじめのターゲットにされる恐れがあります。

 

でも人間はどこかで目立ちたいと考えています。人に注目されたいのです。

 

学校でまずいじめられない人がいます。それは、勉強ができる子かスポーツができる子です。これはこれで目立ちます。

 

そこでこの分野で目立つことのできない子、その子が選ぶのがいじめです。誰かをいじめて目立ちたいのです。

 

でもいじめる側は、ひとりではこころもとないので自分より弱そう=自己主張が弱そうな人間を捕まえて必ずグループを作ります。

 

自分一人では、自信がない証拠です。そのいじめグループのリーダーになれば、自分も目立ち、自己満足できます。

 

いじめのターゲットにされた方は、なぜ自分がいじめられるのかきっと理解できないでしょうね。普通に暮らしているのに。

 

人間皆持っている能力が違うので、無理に平等教育などしなければいいのです。

 

勉強もそこそこ、スポーツもそこそこ、でもなぜ俺は目立たたないの、そう思う人間がいるから、いじめ人間がでてくるのです。

 

こういう人間は、全体のほんの一部だと思いますが、必ずいます。こういう性格の子がいなくなれば、いじめの問題も解決するでしょう。

 

本来教育者は、そういう性格の人間を見抜き、その子が目立つように勉強、スポーツ以外の分野の長所を伸ばしてやればいいのです。

 

しかし、子供たちの人気取りためにいじめる側に回る教師がいると聞くと空いた口が塞がりません。

 

私は、福島出身です。

 

原発事故の影響で多くの家族が福島を離れ、関東や関西に避難しました。そこで避難した多くの子供がいじめにあいました。

 

福島の子は、おとなしい子が多いです。都会に慣れてないので、萎縮していたでしょう。格好のいじめの餌食にされ、かわいそうです。

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