父親は超自己中心的なアル中の乱暴者。知的障害、発達障害としか思えない

 私のコンプレックスは祖父母は素晴らしい人格者だった反面、父親は軽度の知的障害および発達障害を持っていたとしか思えない、超自己中心的なアル中の乱暴者、

 

母親は他人に情を持つことが苦手、ものが全く片付けられない注意欠陥を持った人間のため、物心ついたころから、夜な夜な父親が食器類全てとガラスを割ってタバコを吹かせながら母親が泣き叫ぶことなど日常茶飯事だったことです。

 

今日まで心に傷を負っています。

 

幼い頃から、いつも無意識に緊張して力が入ってしまったり、人を疑ってかかったり、逆に軽んじすぎたり、敬意を表さないため、いつも仲間外れにされ、一人でいることが多い孤独な人間でした。

 

普通でいることが美徳とされる日本で何が普通なのか分からず、例えば正月に親戚の家にご飯を食べに行ったら全くマナーが分からず、好きなものを食べたいだけ食べたこともあり、周りからはなんて常識のない子供だと思われていたと思います。

 

自分が普通にしているつもりでも、周りからは常におかしな目で見られるという感覚にずっと苦しんできました。

 

子供の頃からいつも集団内で馴染めず浮いてしまい、教師からきつく当たられたりしましたが、自分では理由が分からず、いつも悲しい思いをしていました。

 

一時は私自身がアスペルガーか注意欠陥を持っているか相当悩んだこともありますが、大人になって、「一般」の人々が「人様に迷惑をかけていけない。自分を人前で出してはいけない。」という強迫観念的な建前で生きていることが分かってきてからは、なるべく目立った行動は避け、当たり障りのないことを言うことを覚えて来ています。

 

また、実際に診断が降りているアスペルガーや注意欠陥の方々と比べても自分の行為や言動に多少は自覚症状があるし、何よりも他人の感情に共感も出来ると思うので、自分の中では、幼少期の一般的でない父親と母親のもとで育った環境が自分の「普通でなさ」を作ったのだと思います。

 

また小さい頃、仲間外れにされたり、仲間に加われなかったトラウマから、人見知りになり、今でも大勢の前で話すことはあまり得意でないですし、人間関係が少なく、過度に気を使って、敬語以外で話せないことがあります。

 

最近ではようやく、人によってはカジュアルに話すことも出来てきましたが、基本的には自分より年下で立場の下の人か、未成年に限られます。

 

今年で40歳ですが、人間関係が狭く、独身で母親と二人暮らしなので、自分が不甲斐なく思います。

 

また、例え真実であるとしても、この歳になって他界した父親を自分のこれまでの対人関係の拙さの原因にすることが、一般的にNGな発言であるとも自覚しております。

 

本来の自分は自己中でない、他人を尊重して生きていきたい人間だと思います。

 

父親は人の皮を被った野獣のような人間であり、私は彼から考えられないような理不尽な暴力、暴言を当たり前のように受けて育ちました。

 

そして、学校、会社、非形式な人間関係のなかでも、同じように、暴言、パワハラ、嘲笑を受けてきていました。父親が彼らに変わっただけのような感じで。

 

今では諦めて、無理に人間関係を作ろうとしなくなりました。周りに信頼出来る人間が極端に少ないことが私の最大のコンプレックスです。

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