弟が失踪し3年。裁判所から競売開始の通知が…高次脳機能障害の母を無一文に

Youtubeで偶然に松田様の動画を拝見し、メルマガ登録からこちらのサイトをアクセスさせて頂ました。

 

教材の1ステップの受け取り条件、私が今かかえている、問題、人を初めて憎むようになった今、現在の苦しみを書き綴ります。

 

平成26年の夏,父が突然倒れ、入院生活を送ることになりました。

 

手の施しようがないということで、私は会社帰りに毎日父を見舞い、母も朝から晩まで付き添って看病していました。

 

父の入院生活が3か月くらい経過した時、今度は毎日看護をしていた母が倒れてしまいました。

 

母の意識はなく父と同じ病院のICUに入ったまま、その3日後父は亡くなりました。

 

父の葬儀を母不在のまま執り行い、それからしばらくして、母は意識を取り戻しましたが高次脳機能障害となり、記憶が続かなくなりました。

 

昔のことは覚えているけれど、今現在のことは数十分で忘れてしまうという症状です。

 

私は実家に戻り母と一緒に暮らし母の介護をするように致しました

 

私には弟がおりますが、他県で自営業をしており、弟夫婦が見ることはできないと思ったからです。

 

母と暮らし始めて数か月してから弟が突然帰省し、会社の借金のや、税金の支払いの為、母の家を抵当に入れてお金を借りたいと言ってきました。

 

記憶障害でも弟の言っていることは理解できた母は泣きわめき、結局弟はそのまま帰っていきましたが、それから数日後行方不明になったと、弟の会社の人から連絡がありました。それが平成27年8月のことです。

 

弟は失踪し、もうすぐ3年経過するという現在も行方不明のままです。

 

実家は弟の借金の為、弟の持分のみ差押えがされたまま、他にもカード会社などの借金もあり、裁判所から競売開始の通知が届きました。

 

私は母の替わりに競売査定の見積もりの立ち合いをしました。ご近所の方が見ている中、情けない気持ちでした。

 

現在かろうじて住めてはいますが、週末には、債権者は押し寄せてくる、電話はかかる。携帯にも電話はかかり、メールは届き、手紙も届きました。

 

この3年間時間が止まったように長く、でも思い出すと辛く今、現在も心に鉛を抱えたような毎日を送っています。

 

夜になると胃が痛み、夜通し吐く日もあり、私の体重は10kg落ちました。

 

私は債権者の弁護士先生と話し合い、せめて母が亡くなるまでは家に住まわせてやりたいとお願いしました。

 

でも、任意弁済を少しでできないのか、本当は弟の居場所はわかって匿っているのだろう、会社のお金は私や母に流れてるんじゃないか!等、色々詰問され、罵倒されたこともあります。

 

母は記憶障害で、弟の会社経営状態のことなど聞いてもなにもわからず、私が実家を片づけて分かったことは、もう随分前から弟の会社は危なく、母は1千万以上のお金を弟に送金してたこと。また、父の生命保険もすべて弟が持って逃げた事などもわかりました。

 

次から次へと起こる出来事やわかる真実に今まで、1年に1回お正月には家族親戚そろって父や母を囲んでいた普通の出来事が幻だったのかと思います。

 

母を無一文にして、病気の母の終の棲家の家までなくなる状況追い込んで自分だけ逃げた、弟に対しての恨みや憎しみが心に沸き上がり、色々は本を読んで心を落ち着かせようと思っても気持ちはおだやかにはなりません。

 

会社に行っても務めて平静を装い仕事をしていますが、何かの拍子に感情がこみあげて爆発しそうな、そんな3年間の生活を送っています。

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