弟が統合失調症に。受験で家族と話さず、会わず、いつもイライラ。別人のよう

 私自身ではないです。弟が統合失調症です。入院していた頃から、30年近く経っています。

 

でも、今になって考えると、私達ばらばらだった家族は弟の統合失調症を通し、もう一度家族らしい絆を持ったと思います。

 

弟は受験の始まる頃から少しおかしかったのです。

 

それまでは明るくバイトもしていたし、女の子にもモテてました。

 

私と弟は11ヶ月違いの年子です。

 

私が交換留学に一年間行っていた為、私達の大学受験は同時でした。そして同時に浪人と言う、かなり親には迷惑な状況になりました。

 

受験の始まった弟は別人でした。受験勉強とは言え、昼夜逆転、同じ家に住んでいても家族と会わないような状況でした。

 

また、父の仕事も危うく、母も保険の仕事をしていて帰りが遅く、いつも酔って帰ってくるような状態でした。

 

私達が小さい時から6歳上の姉が母代わりで私達の面倒を見ていたような状態でしたので、母はお金のためとは言え、結構勝手な生活をしていたかもしれません。

 

両親は私達が小さいときから喧嘩ばかりしていて仲が悪く、家族は一緒に住んでいましたが、家は荒んでいました。

 

明るく朗らかな弟はその頃すっかり変わってしまい、家族の誰とも話さないし、会わない様にしているし、いつもイライラしているような感じでした。

 

元々優しい性格で絶対手を上げた事もなかったのに、口の激しい姉に手を上げてしまったこともあります。

 

そして、口論好きで、物事の裏の裏の裏まで考える様になりました。

 

私達家族はそれが病気と気づかず、受験のストレスのせいか、今までなかった反抗期が今頃きたんだなんて言ってました。そんな状況が浪人も含め二年間続きました。

 

一浪後、お互い大学に入学し、弟は第一希望に受かりました。

 

でも弟の状態は変わらず、益々家族と離れ、引きこもりのようになっていました。

 

そんな時、とうとう父の会社も倒産し、私達は借金取りが怖いので、父の大丈夫という言葉を信じる事が出来ず、荷物を運び出し夜逃げをしました。

 

この時ばかりは自分を信じて良かった。その夜、もう知らない人達が家に沢山きていましたから。

 

その後、私はなんとかバイトをしながら大学を卒業しましたが、弟は引きこもりが続き、大学に通う事が出来ず、中退。

 

私は卒業後、ワーキングホリデーでカナダに行きました。

 

カナダなど寒い国って精神疾患者が多いのです。

 

そしてやっと気づきました。「家の弟、精神分裂」って。

 

弟の病状はどんどん重くなっていました。そして両親にその話をしました。

 

弟が病院に行くまで、それもすごく大変な話がありますが、ここはすっ飛ばします。

 

入院のショックで弟は病室で自殺しようとしていました。このとき程、私悲しい思いをしたことは無かったです。

 

薬漬けで遠くと見ている目、薬がきつくてよだれが垂れると言っていたのを聞いて、病院入れて良かったのかな、とも思うようになりました。

 

両親は離婚しましたが、私達家族は、弟のお陰で、色々と思慮深く、謙虚にならざる得なくなりました。

 

母もその後、52歳で看護婦になり精神科に勤める様になりました。

 

母自体も看護婦になった事で、すごく落ち着き幸せになったとも思います。

 

いつもバラバラな家族で、みんな勝手なのに、弟は家族をすごく大事に思っていてくれました。

 

弟の病気や大変な状況を通し、私達はヘンテコ家族ながら、相談し、協力しなければいけないことも沢山ありました。そして今ではこれが私の家族とも思える様になりました。

 

私や母は身近な人達からも精神疾患について色々と相談をうけるようになりました。

 

世の中には色んなストレスで苦しんでいる方がいて、その家族もみんな苦しんでいます。

 

でも、「家も統合失調症の子いるの」と言うと少し安心してくれます。

 

今では薬もすごく減って、以前より状態はずっといいです。

 

自分の好きな勉強に打ち込んでいます。

 

その勉強が認めらなくても、私には重要ではありません。

 

弟が何か打ち込めることを見つけたこと、それがとても嬉しく思います。

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