DNAの螺旋構造が12本に!?フォトン・ベルトが太陽系の通過時に急激な変化が

特別スピリチュアルというよりはむしろ、そのほうが当たり前の事として私が感じているのは、大きな宇宙の働きとか何か高度な素晴らしい摂理がまだ人類が知らない所にいくらでもあるというようなことです。

 

ただ、超化学とか素粒子とか、宇宙人まで関わってくる「超知ライブラリーシリーズ」みたいなものも結構好きで以前たくさん読んでいました。

 

特にさんざん言われていたアセンションの概念も個人的にはかなり好きなほうでした。(とはいえ、アセンションをカルトっぽくうたっている人達はいまいち違う、と思います)。

 

人類は大過去があり、キリストから今に至るくらいまでが大現在、そしてこれから大未来を迎えるちょうど転換期であり、今まで地球ごと次元上昇を試みることが何度かあった(2万6千年毎?)が、何度も失敗しているとの事。

 

そして今回はさらに大きい周期の回転も同時に起こる、地球の歴史でも一度か二度かそれきりの大変化のチャンスであるという趣旨の知識をたくさん得てきました。

 

銀河系の中の「フォトン・ベルト」を太陽系が通過するとき電子レンジの中のような変化が起きるとか

 

単純に、人間の中から炭素がなくなり可燃成分が消え軽いライトボディになるというか、生きている状態で変化って夢があっていいな〜と捉えていました。

 

DNAの螺旋構造が2本から12本に増えるだったか忘れたけど、急激な変化が起きるなどの具体的な話しもワクワクしながら吸収していました。

 

原子を分解していくと素粒子になり、人も実はスケスケなのだという説もありました。

 

素粒子がもっと細かくなると光子になるんでしたっけ。

 

光子は波になり観察者の状態によって変化するだとか、その系統でシュレディンガーの猫という例えもありなんとなく分かったようなというくらいで、完全に腑に落ちきってはいなかったような感じではありましたが。

 

どんなトンデモ・ぶっ飛び話しであっても「そんなわけない!」と全否定してしまいたくないという気持ちはありました。

 

だって、それくらいダイナミックで素晴らしい事がこの広い宇宙にはあっていいはずだ…という根拠だけで十分だったのでかなり普通ではない考えをどこかで肯定していたいほうです。

 

年を取って老衰するというのもピンときませんが、なるようになるというか、悪いようにはならないと思っていればそれがいちばんだし、何にせよ無理に人と同じように思うこともできないからそのまま好きなように思っていたいという程度です。

 

ごくたまにアセンションの現状など調べることもあります。

 

そのあたり概念のひとつである「量子的飛躍」(クォンタム・リープ)というものを昨日思い出して調べてみました。

 

物事がある一定数を超えると、突如非連続的な変化が起こるのだと。

 

WordPressで正しく続けたときのアクセスの変化や複利の法則など、最近得た知識ともどこかでつながっているような….と思ってみたり。

 

なんだかブログのネタにしたい気もしましたが、そういうことを記事にしてしまうほどまだ思い切ったものを大胆に書く段階でもなく…。

 

とりあえず6月に入ってから構築にいそしんでいるWordPressを、松田さんの7つのステップと照らし合わせつつ、設定などを間違えて回り道しないように一歩ずつ進めていく予定です。(その後はマインドチェンジプログラムなどを全て購入可能な状態になるのも目標の目安のひとつです)

 

今こうして書いてて思い出すのでアウトプットになっています。

 

もうアセンションが終わっているというのは一部ではちらほら言われていますね。

 

それから、その影響の一部でメダカやミツバチがいきなりいなくなる事がある、と何かで2012年前後で読んだ事があります。

 

その頃家にちょっと置いておいた金魚鉢か何かに家族が入れておいたメダカが、他の金魚に食べられたとかでもなく、ある日突然その中に1匹もいなくなり、ネットで調べた事と一致していてびっくりした覚えがあります。

 

そしてまた、松田さんが言われるように「アセンションが既に済んでいる」というのも聞いて(読んで)いました。

 

実は人間はもう望めばそれこそ、今まで住んでいた透明で小さな金魚鉢がいつしか取り払われていてその先にもどんどん泳いで行けるのに、そこへ行けるとは思うことができず金魚鉢内の行動範囲から出ようとしない。

 

そのように世界が変わってきているんだというのは頭ではなんとなくわかったけど、では実際にはどうすることなのかわからなかった。

 

でも今回松田さんがはっとするほどシンプルに伝えている「競争の理念」から自由になること、リラックスしてしかもそれで稼いでいくということがそれを指すのだろうか?

 

….とずっと前から持っていた見聞となんとなくゆるくつながってくるような気はしています。

 

こういう感じの事も「引き寄せ」ていると言うのであれば、そうなのでしょうか。

 

こういうことが起きたときというのはいつも、心のある部分ではあまりの偶然に驚いたり深い感慨を覚える一方で、「やっぱりそうだったんだ。これはとても自然で、当然のことだ」と深い納得感をまた別の面で感じる、そんな心境になります。

 

どこかで驚異的な一致を見たりするんだけどある意味納得できる、そして期待や飛躍的な力を秘めているようなものとして、未知の世界をなんとなく捉えています。

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