亡くなった方は祝福するべき!?生きていることが地獄にも天国にもなるのでは?

これは以前話したことになりますが、やはり、今までの人生の中で一番生と死に関して考えさせられたのは、臨死体験です。

 

私は高卒で、社会人となりましたが、当時はあまり会社に馴染めず、週末の休みになると高校時代の友達の家に遊びに行っていたのですが、先に友達の家に着いて部屋で遊んでいると、友達のお母さんが夕食を作ってくれてよばれました。

 

その時、瓶ビールでコップに一杯だけ注いで頂き、頂いたのですが、部屋に戻ろうと立ち上がった際、気持ち悪くなって、血の気が引いて行くのを感じました。

 

それでもたったコップ一杯で酔ったとバレたらカッコ悪いという気持ちが強く、痩せ我慢して平然を装おうとしたのですが、部屋に戻ると更に2人既に友達が来てて、ギターを弾いていたり、ゲームをしたりしていたのですが、私はベッドの上で壁にもたれて座り、ゲームを見とくというふりをして、早く酔いが覚めて欲しいと思っていました。

 

でも益々気持ち悪くなり、座っているにも関わらず血の気が引いていくのを感じ、パッと視界が真っ暗になりました。

 

その後、眩い光が視界全体に見えてきて、今までの感じたことのない、物凄く気持ち良くてずっとここにいたいと心で思っている自分がいたのですが、何か聴こえる声がして、その声はどんどんはっきりと聴こえるようになり、私を呼ぶ友達の声だとわかった途端、また苦しくて、喉の渇きが凄くて、確か友達に水がほしいと伝えたのを記憶してます。

 

そしてその眩い光が消えて、目の前は霧ががっだ感じだったのがやがて、徐々に視界が友達の部屋に戻ってきて、友達が覗き込むように私を見ていたのがはっきりと見え、意識が戻ったのを感じました。

 

恐らく急性アルコール中毒にかかっていたのだと思いますが、現実では、私はいきなり頭を壁に打ち付けていたそうです。

 

最初はみんな何の冗談かとあまり気にしていなかったのですが、あまりにもしつこいからと私を見ると、痙攣起こしてるんじゃないかと気づいたようで、名前を呼びながら顔をひっぱたいて必死に意識を戻させようとしていたようです。

 

頭の痛みは不思議となく、恐らく痙攣中、私の中では眩い光の中で凄く気持ちいい状態だったんだと思います

 

そして友達が私を呼び、意識を戻させようとしている時、苦しみが蘇り、現実に戻ったのだと思います。

 

この経験から、私は死というもの自体が怖いのではなく、死に至るまでが苦しく辛いものなのだと思うようになりました。

 

そして死んだ者が可哀想なのではなく、残された人が哀しむのだとも思うようになりました。

 

非常識かもしれませんが、亡くなった方には祝福をしてあげるのが本当はいいのかなとも思います。

 

死んだ後より、今生を生きていることが、本当は地獄にも天国にもなりうるのかなと感じております。

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