プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

仕事

部下に対して目くそ、鼻くそのようにあしらう上司。行動に耐えかね辞めた社員が

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 松田さん、こんにちわ。

 

私は、今年で51歳になります。家族構成は、妻1人と娘と息子がひとりずつの4人で暮らしています。

 

私は、高校卒業後に就職し28歳で転職、現在に至ります。

 

●仕事での人間関係について

 

15年くらい前に、ある上司ですが、目上の人には媚を売り、弱い者イジメが大好きで、部下に対して目くそ、鼻くそのようにあしらいその人の言動、行動に耐えかね辞めていった社員が数名いました。

 

私も鬱になりかけ、何度も逃げようと思いましたが、なんでこいつのために会社を辞めなければならないのか、いつかこいつを見返してやりたい、そのためには、言い返せるほどのスキルを経験を積んでギャフンと言わしたいという気持ちになり、耐えました。

 

現在は部署が違いますが、たまに顔を見かけた時に、「おはようございます」と挨拶しましたが、聞こえないふりでソッポを向いて通り過ぎました。いまだに挨拶も返せない可哀想な人です。

 

●3年前の出来事

 

ある事業所の所長が社員にパワハラを行い、たまりかねた社員たちが組合を動かし、所長を移動させたことがありました。そこの次期所長に私が選ばれました。

 

前所長の社員に対する行いは、会社からも聞かされていていました。初めての管理職、初めてのマネジメントをしなければならないプレッシャーで、着任前から不安でいっぱいでした。会社からの期待に応えなけばと思い、そのまま成り行きで管理職を承諾しました。

 

着任後、初めての挨拶での言葉は、自分の中で決めていました。私が15年前に味わった苦しい経験を、この職場の人たちも経験しています。

 

「私は明るく楽しく元気よく、みなさんと一緒に仕事をしていきたい。自分はそれしかできません。」

 

あれから3年が経ち、そのとき挨拶した言葉通りに実行できたかといえば、そうではなくて。

 

会社からの利益改善で、社員にプレッシャーを与え、ストレスを与え、その中で明るく楽しくやっていくことは難しかったけど、自分の意識の中には常にありました。

 

私が移動となった時に、社員の数名から「ほんとにありがとうございました、救われました。」と言われた時は、涙が止まりませんでした。

 

自分のやってきたことが、1人でもありがいと思ってくれた人がいただけでも自分は本望、いつ死んでも悔いはないという気持ちになりました。

 

●50歳になって

 

人生このままでいいのか。私は人生70年だと思っています。

 

なぜなら、住宅ローンが70歳で完済の予定だからです。70前に死んでしまったら団信保険があるので借金はチャラになります。

 

いまさらながら、ふと将来を考えた時に、このまま今の仕事を一生懸命頑張ったとしても、昇格したとしても給料は管理職になる前と同じか、もしくは社員が頂いている給料よりも少ないか。

 

なぜなら、社員であれば残業がつきますが管理職の時間外はサービスなのです

 

このまま今の仕事一筋でやっていくならば、借金 返済のために70歳まで働くことになるでしょう。

 

それを考えた時、このままでいいのかと。

 

●これからの10年

 

さらに重圧、責任が覆いかぶさって、精神的に追い込まれる時期になる事は当たり前のようにやってきます。ストレスからか、動悸が激しくなりたまらず仕事を休んで病院で精密検査してもらいましたが、しばらく様子を見ましょうとの事でした。

 

何かしなければ、

 

そんな時、松田さんをユーチューブで見かけ、心が動き出しました。

 

文が長くなってしまいましたが挑戦してみます。

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