プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

健康問題

笑ううつ病です。ストレスをストレスとして感じることが出来ないと言われました。

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「ガチでしにたくなったらこれを見ろ!」を拝見しました。

 

2010年にバンクーバーオリンピックが開催され、私はフィギュアスケートの浅田真央を応援していました。

 

忘れもしません、その日はフィギュアスケートのフリーの試合があり仕事を終えて自宅でテレビ観戦をしていました。

 

試合の結果で浅田真央が銀メダルだと分かった直後に、今でも理由が分からないのですが、私の体に異変が生じ始めました。

 

先ず感じたのは左わき腹が少しずつ痛くなりました。

 

私はこたつで横になってテレビを見ていたのでそれが原因だろうと思い、起き上がって普通に座っていたのですが、痛みは増すばかりで一向に治らず、今度はそればかりか呼吸までおかしくなり、息をするとわき腹が痛くなるのでほんの少しづつ小刻みに呼吸をしていました。

 

とりあえず翌朝まで我慢をして、朝早く義母に整形外科に連れて行ってもらいました。

 

診察結果はどこも悪くないという事で薬すらもらえず、仕方がなく病院を転々とし最終的に精神科にたどり着きました。

 

「あなたは笑ううつ病です」と医者に言われました。

 

次に「入院をしたほうがいい」とも言われました。私はストレスをストレスとして感じることが出来ないそうです。入院は怖かったので薬の治療をして頂くことでその日は帰りました。

 

仕事をやめてゆっくりしていたこともあり半年くらいで良くなったので、仕事に復帰し通常の生活に戻っていました。

 

が・・・

 

翌年なぜだか、また、前回よりももっともっと具合が悪くなり結局入院を避けられない状態になってしまいました。

 

1か月ほど入院生活を送りその後は実家に戻り母親と2人でのんびりとゆっくり治療をするはずだったのですが、思いのほか私の病状が悪く精神状態は悪化する一方だったのです。

 

先ず食欲が全くなく痩せていく一方で、言動も意味不明で、当時は全く自分で意識のないまま記憶のないラインを知り合いに送りまくっていたそうです。ラインの内容が意味不明なので、心配した友人から連絡があり判明しました。

 

医者の診断では解離性健忘症でした。だんだんと薬が増えていき普段何かを考える事はなくほとんどの時間ただボーっとしているだけでした。ずっとその状態がとづいていれば当時の私にとっては幸せだったのかもしれません。

 

そのうちに薬が切れてわれに返ると地獄が待っていました。自然に涙が流れ、頭は痛くなり、不安感、絶望感、恐怖などなど色々な悪い感情が入り乱れ正気ではいられませんでした。

 

本当に死んでしまいたい。死んで楽になりたかったです。

 

その当時、松田さんに出会えていて松田さんの動画を見ることができていれば、当時の私にとってどんなに救いになっていたことか・・・と思いました。

 

今の私は、状態こそ普通になりましたが、まだまだフラシュバックみたいなものがあり過呼吸になってしまうことがあります。そんな時は松田さんの音声を聴かせて頂いて気持ちを落ち着かせています。本当に落ち着きを戻し楽~になります。

 

私は松田さんに出会えたこと本当にありがたく感謝しています。

 

松田さんありがとうございます。

 

そして今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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