プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

いじめ・人間関係のなやみ

労基に精神的苦痛を受けていたと主張。会社がパワハラを認め失業手当が即月支給に

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私は人生においていじめられた経験が3回あります。

 

まず最初にいじめられた経験ですが、小学4年時の転校後のいじめです。当時の私はきゃしゃな体格で見た目ひ弱でした。性格はどちらかというと大人しかったこともあり、転入後5カ月経ったころからクラスのあるグループからいじめを受けるようになりました。

 

いじめを断続的に受けるようになり、ある日の朝、「学校に行きたくない」と母親に漏らしたんですね。母は私に「学校で何かあったの?いじめられているの?」と聴くので、「いじめられるから行きたくない。」と答えました。

 

母はすぐに当時の担任に連絡を入れ、相談してくれたおかげで、ある時担任が私を呼んで、ベランダでしゃがみながら、いじめにあっていること、だれがいじめているのか?どんないじめを受けたのか?等を丁寧に聞いてくれました。

 

その相談後は、そのグループからのいじめは無くなり、逆にそのグループを含む多くのクラスメイトと放課後は
缶蹴りをしたり、ドロケーをしたりと遊べるようになりました。

 

今振り返ると、早めに対処してもらったのが、功を奏したのかと思います。

 

小学生のようなまだホントの意味で悪意のない子たちには、いじめはいけないことを諭すように教えることで、
チクったことに対する恨みを持つことなく、素直に受け止めるので、いじめをストップさせることができます。

 

2度目の受けたいじめは、5年生になってからでした。4年次から5年次にクラス替えがあり、新たなクラスメイトになったのですが、その中に意地の悪い悪ガキが一人いました。

 

休み時間のクラス男子の外遊びで、ボールを当てられてた人が鬼で、最後までボールをもっているヒトが負け
という遊びで、私がその悪ガキにボールを当て、その悪ガキが最後になったんですね。

 

その悪ガキ、それを恨みにもってか、私をいじめるようになりました。

 

下校時に同じ方向だったことで、私に蹴りを入れたりしてきました。だんだんとエスカレートしていきましたが、
4年生の時とは違う私は応戦するようなりました。

 

そしてある時、教室での取っ組合いとなってしまい、担任がちょうどいない休憩時間だったこともあり、外野の人間たちは面白がって、机を後ろに下げ、黒板前はリングと化しました。

 

悪ガキと私の対格差は歴然としていました。勝ち目のない喧嘩でしたが、私の中には理不尽なことに対する怒りがあったのでしょう。勇敢にもすばしっこさを活かして戦っていました。

 

悪ガキはそのうち凶器となるセロハンテープを持ち出し、その歯の部分を私に向けてかかろうとしました。その時外野から悪ガキに対するヤジが飛びました。そのヤジに悪ガキは反応し、方向を外野のほうに向けました。

その瞬間私は、悪ガキ横っ面にパンチを食らわしたんですね。そしたら悪ガキ床に倒れて横たわったんです。すかさず、私は悪ガキの体を蹴り続けました。

 

その蹴り続けているとき、それまで張り詰めていた緊張が切れたのか、泣いてしまったんです。泣きながら蹴り続けました。

 

その時に担任(若い女性)が教室に戻ってきて、喧嘩を止めました。

 

その時攻撃していたのは私だったのですが、担任はなぜか私の顔(結構キズができていました)をのぞき込み、
「どうして喧嘩しているの?」と心配そうに尋ねました。

 

担任が心配そうに私をやさしく扱ってくれたのは、恐らく、担任からしても悪ガキは普段から態度が悪いこともあり、体格差もあり、喧嘩を仕掛けたのは悪ガキからだったと担任は推測したのでしょう。そして泣いていたのは私でしたから。

 

喧嘩の一部始終を見ていた外野も状況を担任に話してくれたこともをあり、担任は状況を把握したようでした。

 

翌日、担任は、私と悪ガキを呼び、「いじめはいけない。そして喧嘩はしないということを約束できる?」と聞かれ、私も悪ガキも頭をコクリとすると、担任が、「じゃ、お互い握手して?」というので、お互い握手しました。

 

それを機に、私と悪ガキは良く遊ぶようになりました。中学に進み、両者同じ野球部に入り、中三の時にはまた同窓にもなり、いつもつるむ間柄になりました。

 

今となってはこの経験はいい思い出です。

 

最後に3回目のいじめは社会人で経験しました。今から8年前のことです。

 

当時勤めていた会社の営業所の所長からいじめを受けました。その所長はかなりの執着気質の人間であり、他人を信用できず、自身の規格外のことにはとにかく五月蝿い人でした。

 

わからないことがあり、質問をすると、

「その質問の意図はなんだ?」

「その質問をすることで何のメリットがあるんだ?」と始まり、

そのうち、

「この前、お前はあのうようなやり方で作業していたけれども、あれは何の意図があってのことか?」

等々、その所長に何か尋ねると噛みついてくるので、ほとほと嫌気がさしていて、そのような態度を見せてしまったために、そこから目の敵にされてしまうようになりました。

 

小さな営業所で人数も少ないところでした。過去にその所長に疲れて辞めていく部下も何人かおりました。大人になってからのいじめです。

 

小学生の時のようにはいきません。この時はもう限界だと疲れ、退職を決意しました。

 

ただで辞めていくのも癪に障るので、世間ではパワハラという言葉が流布していたこともあり、パワハラに関しての資料を自分のデスクに置いて、所長の目の留まるようにしておきました。

 

退職届には一応は自己都合による主旨にしましたが、後日、労基に行き、精神的苦痛を日常的に受けていたことを主張したら、以外にも会社側がパワハラを認めました。

 

パワハラを認めてくれたことで、通常であれば自己都合による退職の場合、失業手当の支給はは3カ月の猶予期間を待たなければなりませんが、即月からの支給となりました。

 

会社側としてもこの所長に問題があることを認識していたのでしょう。これは不幸中の幸いでした。

 

このおかげで転職活動をゆとりをもって進めることができました。

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