プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

仕事

頚椎症性脊髄症。首の神経が損傷し、膝が固まるような症状…保存的手術した

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私は現在67歳、定年退職し無職、妻と二人暮らしの年金生活者です。

 

私の家は酒屋をしていて、私は男三人女二人の五人兄弟の末っ子として生まれました。そして長男以外四人とも、中高一貫の私立へ行くと言う恵まれた環境でした。また私とすぐ上の兄は大学まで行きました。

 

ただ私が大学の二年の時、家業を継いでいた長男が病気で急死し、急遽私が家業を継ぐことになりました。

 

そして10年後の四月に母が急死し、その一週間後に父が倒れひと月後に亡くなりました。ちょうどそのころは種類の安売り店やコンビニの台頭など、業界の変化が顕著になる時期でした。

 

私も酒販組合の中で指導的な地位であったため、懸命に業界の衰退を防ごうと活動していました。

 

しかし情勢は如何ともしがたく、バブルの崩壊の時期とも重なり、業界全体とともに我が家の経営も危なくなってきました。資金繰りのため銀行から借り入れし、その返済のため貸金業者やサラ金などから借金するなど、典型的な自転車操業となっていきました。

 

私は酒屋をしながら、魚市場の仲卸にアルバイトに行くことにしました。夜中の三時から昼の十二時まで、帰ってきてから酒屋の仕事を続けていました。

 

ただ市場が忙しいと帰りが遅くなり、寝る時間が少なくなってきました。二年後に酒屋をやめることを決意し、廃業しました。

 

私には男一人女二人の子供がいますが、幸いそのころには全員社会人になっていたことです。

 

やめる際には、お世話になった問屋の支払いに苦労しましたが、子供たちの協力もあり、何とか迷惑をかけることなく、やめることができました。

 

ただ銀行関係の負債が約八千万ほど残ってしまいました。月々約万円ほどの返済があり、市場での給料はほとんどそのまま返済に回ってしまい、生活費は妻がパートで働いたもので賄っていました。

 

五年ほどそのような生活をし、市場の仕事をやめ、新宿に本社のある大手損保会社に就職することにしました。仕事は怪我のある交通事故、いわゆる人身事故の相手との示談交渉でした。

 

通勤時間が片道約二時間かかり、仕事もかなりきついものでしたが、何とか続けることができました。約十年ほど勤め、昨年退職して現在無職です。

 

借入金の返済も自宅を処理したり、姉に返済を手伝ってもらったりで、大分少なくなってきましたが、まだ約一千五百万ほど残っています。

 

現在の年金暮らしでは返済不能の状態です、この処理をどうするか悩んでいます。

 

また市場に行っていたころから、足の膝が固まるような症状が出てきて、医者に行くと頚椎症性脊髄症の診断、首の神経が損傷しているとのこと。損保会社にいる時に手術をしましたが、症状は緩和しませんでした。

 

もっともこれ以上症状が悪化しないための保存的手術であると説明されました。現在は杖を使い歩行しています。

 

ネットでアフリエイトの情報を得て、始めましたが全然稼げていません。

 

この状況を何とかしたいと思い、松田様のサイトを見て申し込んだ次第です。

 

お世話になりますが、何卒よろしくお願いいたします。
                                                

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