21世紀中に最後の審判が下り、世界的大浄化作用で地上天国が生まれます

僕は宗教を信仰しています。その宗教では21世紀中に最後の審判が下り、その後に地上天国が生まれると言われています

 

ただ、あまりこういうことを僕自身人には言いたくないです。信仰者同士でもこのことに関して話したことはそんなにないです。

 

もちろん一般の人に話したこともありません。こんなことを話して変なカルト教団のようなイメージが持たれても嫌ですし、そもそも話す勇気などないからです、というか、宗教を信仰してる事自体個人が特定できる形で言ったことはないです

 

今の社会、宗教を信仰しているなんて言ったらおそらく変人扱いされますし、いじめの対象にすらなりかねないと思うからです。それにお人好しのように思われて舐められたりするのも嫌だからです

 

人と違うことをしてはいけないという学校教育の洗脳が影響しているのはもちろんだと思います

 

それに今の日本ではメディアコントロールや@@@@@教などの影響が大きいと思うのですが、キリスト教や仏教といった誰でも知っていて大昔からある超メジャーな宗教以外あまり良い目で見られないように感じているからでもあります

 

ただ、今回の相談内容はそういうことを書くことであり匿名なので書かせていただいています。内容自体は都市伝説的な感じで読んでもらえればと思います

 

最後の審判はキリスト教で有名ですね。キリストのいった「世の終わり近づけり汝ら悔い改めよ」また「天国は近づけり汝ら悔い改めよ」は聞いたことがある方も多いと思います

 

今日までの苦悩に満ちた暗黒世界が終わりを告げ、光明あまねく、罪悪も苦悩も打ち断たれた歓喜の世界が来るということであるともいえます

 

ここでなぜ悔い改めるように言われているのかというとその転換期において、最後の審判が起きるといわれているからです

 

そもそも審判という文字だけをみると裁きという意味で神様が裁判されるように想像されたり、閻魔様が出現されるように思うかもしれませんが決してそうではないそうです

 

ではどういうことなのかを一言で言うと世界的大浄化作用のことだそうです

 

もっとわかりやすくいうと大掃除です。だんだんと浄化が強くなるにつれて人類社会もそれに伴い変化も激しくなるそうです。

 

一切が光明にさらされるので相応の理によって汚れたるものはだんだん衰えてゆき清きものはだんだん栄えてゆくというようになり、善悪は判然と区別されていくら人間が頑張っても大自然の力には抗することができなくなるごとく悪は滅び善は生き残ることになるといわれています

 

つまり罪穢れのたくさんある人ほど大浄化に耐えることができず、逆に罪穢れの少ない人はやすやすと生き残り得るということです

 

最後の審判は罪穢れの多い人にとっては恐るべきものですが少ない人はむしろ有り難いものだといわれています

 

なぜ最後の審判がおこるのかのわかりやすい例をあげると立派な建築物を建造しようとするときに今までその土地に存在していた古い家は当然破壊しなければなりませんよね

 

そうなったときに古材の中から新建築に役立つものは選び出して洗い清め、削り治して使用します。でも傷みが酷かったり使えないもの不要なものは捨ててしまう、これと一緒です

 

天国世界の建設に当たってもそれと同様なことが行われるということです

 

そもそもこのことは昔から幾多の聖者賢哲が予言されたところでもあります。

 

キリストの予言した「天国は近づけり」であり、釈迦の唱えたみろくの世であり、日蓮の叫ばれた義農の世であり、天理教教祖の甘露台の世であり、大本教教祖の松の世であり、ユダヤ教のメシヤ降臨等々もそれであるとされています

 

この転換期において僕の信仰している宗教で知らなければならないといわれていることがあります

 

それは今後、人間の眼から見ると理屈に合わないことや無益と思えること破壊的なこと等が起こるかもしれない。

 

けれどもそれは汚いものの一大清掃であることを知らなけらばならず、すべては神意の具現である以上人間の凡眼でとやかく判断せず大いに謙譲の態度をもって一切の推移に順応すべきだということです

 

もっとわかりやすく言うと全部神様がすることだから人間がああだこうだと決めつけずに謙虚に順応していきなさいということです

 

最初にも言いましたがこれはあくまで都市伝説と思ってください。僕が信じでいるだけで人にそれを押し付けるつもりはありません。でも信じたい人は信じてもらっても構いません

 

面白い読み物として楽しんでいただけたらそれだけで書いたかいがあります

 

何かの参考になれば幸いです

最後までお読みいただきありがとうございました

コメントは受け付けていません。