弟を生んだ時の輸血でC型肝炎になった母。お見舞いや看病の思い出しかない

・私が33歳の時に母が亡くなりました。

 

母は幼い頃から苦労ばかりで夫にも姑にも小姑にもいじめられ身体が弱いのに働き者でした。私より5つ下の弟を生んだ時の輸血でC型肝炎でしたがずっと一所懸命働いてくれていました。

 

が父が暴言ばかりで私は父みたいになりたくないと母に優しくしたいと願えば願う程父に似てしまい、母も働き者だったので私は構ってもらえず母とも口を利かないような家族団らんのない家庭環境のままでした。

 

母が亡くなる1年前に実家に戻ったのですがうまく会話も出来ないので母と会話ができるように、家族みんなの会話が増えるようにと保健所から犬をもらってきました。

 

母となんの思い出も殆どなく、入退院を繰り返している時にお見舞いや看病に行っていた思い出くらいしかなく、死んで欲しくないのにうまく優しくできませんでした。

 

だから少しでも会話が増えて優しくなれるように犬をもらってきたのですが、人の目を気にしすぎる母は「犬飼えるような身分じゃない。今までなんでもわがまま聞いてきたけど犬だけは返してきて」と私の本当の願いを知らず拒絶されました。

 

どうして私の愛をここまでなっても受け取ってくれないのと怒りと悲しみに打ちのめされました。その2ヶ月もしないうちに母は亡くなってしまいました。私は人前では泣きませんでしたが3年半泣き続けました。

 

それから6年後、私、父、弟を救ってくれた保健所から来てくれたわんこが亡くなりました。

 

そして父も3年前に亡くなりました。罵声罵倒ばかりの父親でしたが、父も幼い頃から苦労して頑張って働いて、家族には不器用でしたが、仕事人間でギャンブルも、浮気などもなく、お金にもきれいな父でした。

 

その父が亡くなって、私と弟は両親とも尽くしていたし信じていた父方の叔母たちにお金をたかられました。それが3人も続いたのです。

 

まず父の従妹がたかってきて、相談した叔母までたかってきて、最後にこの人はと信じ切っていた叔母まで味方になってはくれませんでした。(父の従妹と実の妹たちです)

 

ただでさえ、私も弟も独身で両親を亡くして辛いのに、そんなことが起きたのでショックと人間不信で暗い暗い毎日を過ごしてきました。

 

・両親がいないって悲しい、寂しいけど同年代で同じ境遇の人がいないので誰も分かってくれないと更に孤独になります。家族のことで悩んでる人とかに対して親もいるし自分の家族もいるくせに贅沢だなぁ、甘いなどと思ってみてしまいます。 

 

・弟は実家で生まれて一度も実家を出たことがなく、真面目で癌でも一所懸命働いていた両親の姿を受けついで、堅物のように真面目です。なんの楽しみもなく遊びにも行かないし何か楽しみや学びにも興味がありません。ただひたすら仕事と家で休息の人生です。

 

私は、辛い中でも好奇心旺盛なのでまだ希望を持っています。マインドの勉強は特に好きです。

 

人生は実験だと思っているところがあって、これまでもたくさん引寄せや思考は現実化するなど学んでアファメーションなどなどやって来ましたが、今、とうとうお金がどこにも残っていない(多くの人がお金ないない、と言いますが結構な貯金があったりしますが)

 

銀行からも借りられない、どこにも誰にも頼れない、この体調でお勤めは出来ない、でももう後がないと焦ってしまったと思います。

 

先日私も慎重に探していたつもりが『すぐに稼げる!月収100万円保障します!』の類に申し込んでしまい、消費生活センターに助けてもらいました。

 

でもこの数か月カードをリボ払いにして何とか凌いでいたのですが、そのことでカードを止めてもらい、再発行したらお勤めではなくなっている為、利用条件が変わりリボ払いが出来なくなってしまいました。

 

もう後がない状況になって初めて本気で思考に徹底してネガをやめる!と取り組んでいたら松田さんの動画に行きつきました。

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