霊的な話をする人は変わりもの!? メディアは霊的なものと宇宙人やUMAと同じ扱いに

松田様こんにちは。

 

はじめにスピリチュアル、霊、生まれ変わり、輪廻転生、カルマ などについてがテーマとなっていますが特に深い考えはありません

 

私自身、霊的なものを否定する者ではなく、どちらというと回りくど言い方で「無いことはない」といった消極的な肯定派です。

 

実体験で私が中学生の時に祖母が亡くなる前に枕元に会いに来てくれた事もありました。他に霊場でも無いのにどうしてもこれ以上に立ち入ることが出来ない場所も普通に感じる事があります。

 

しかし、それらを俗的にテレビの好きそうな言葉でパワースポットとかスピリチャル体験みたいなワードのせいもあり。霊体験という言葉が軽く感じています。

 

いまわたしが話しをしたことをカッコウをつけて語りたかったわけではありません。まだ松田様の言いたいことを理解はしていませんが、日頃わたしがそれらのことを思うことがあるとするならば普通にソコにあることとしか理解していません。

 

「カルマ」とは仏教では「因果応報」と言ったり、ビジネス書では「原因と結果の法則」なんて言葉で言われています。それ一つとっても、私たちの周りにはこれらのことが日常的に普通に行われいることだと思っています。

 

しかし世間では正解、不正解だけで答えを求められます。ビジネスにおいては曖昧なことは許されない場面が多いです。逆に霊的な話しは数字では表すことができない真実の答えがあります。確実に曖昧さの中にいくつもの無限の答えがあります。

 

それを旧来の体制(メディア)は霊的な話しを面白おかしく宇宙人やUMAと同じ扱いにしています。そう言った話しを子供のころから見聞きしていたものですから、霊的な話しをまじめにする人は変わりもの扱いにされてしまいます

 

当然、自分も変わり者扱いされまいと隠すことと同時に考えないようにしてきました。ただ、先の体験を繰り返す中で不思議なことにいつの間にか普通に自分の中で受け入れていました。

 

それもあり、運が良いとか悪いとかあまり考えたことがありませんでした。きっと私はこんな感性の持ち主なので、良い運も悪い運も全て私の中に入ってきていると思います。

 

きっと、松田様のHPにたどり着くまで随分と時間がかかったと思います。でも何はともあれ、ここまでたどり着いたという事はきっと運がよかったんだと思います。

 

なぜ、自分がここでこんな文章を2時間近くかかって書いているのか。そうとなれば、運と言うよりもカルマからの導きがあったのでしょね。

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