いじめは受け取る側の捉え方。いじめた自覚はないが、相手はいじめられたと思う

職場や学校のいじめの体験談、いじめた事、いじめられた事、いじめの目撃、いじめの悩みについて

 

学校のいじめの体験談について。自分は幼稚園にいくころなんとなく自分がいじめにあっていることを思ったことがあります。

 

幼稚園に行くとき他の生徒さんとグループで登校しますが、その時のリーダーが支持したり命令したりする一言一言が自分に向けて言われているような嫌なイメージを持っていました。

 

今考えるとそれもいじめになると思います。

 

しかしながらそのリーダーはみんなを登下校中に車や自転車などの危険な目から守ろうとして大きな声で指図したということであっても、受け取る側の自分はそれをいじめと捉えてしまった。

 

つまりいじめをした本人はいじめた自覚など一切ないのに相手(自分)はいじめられたと思ってしまう。明らかに相手に対して意地悪をした割合に比べると2:8位になるのではないでしょうか。

 

なので、いじめられたと思っていても相手はそんな気はサラサラなかったという場合がほとんどなのではないかということです。

 

小学4年の時にもいじめに会いました。その相手はいつも自分を誘ってきて一緒に遊びたがります。

 

ブランコに誘われて鎖が外れそうに思うくらいこがれて泣いてしまったことや授業で二人一組になりなさいと先生に言われてその相手と一緒にならなかったら大文句を言われたり鼻くそをなすりつけられたり、給食の残りをお盆に載せられたりと、

 

自分で考えるとすべていじめだと思うのですが、相手の立場になってみると相手は自分のことが好きで好きでたまらない状態で、ちょっとでも他の子に取られると嫉妬してしまう。

 

そんな関係だったような気がします。なので、相手は自分のものにしたいという思いで自分にたいしてアプローチしていた。

 

でも、自分はそれをすべて苦痛に思いいじめだと捉えてしまったということです。

 

ということは自分でも相手に対して好きな思いをぶつけようと叩いたり、意地悪したりして気を引こうと何度も繰り返したことがありますがそれは相手にとってすべていじめと捉えられていたかもしれません

 

けんかになると第三者にもはっきりわかりますが、そこに至るまでの過程で相手にした行為はすべて相手次第でいじめになるということですね。

 

なので、いじめを避けるためには相手との関係を断つことしかないようです

 

また自分が相手にたいして好意でしていることがほんとうに相手にとっていいことなのかを考えて見ることが必要なようです。

 

でもそれはなかなか気づかないことですのでいじめの問題は人類の永遠の課題になっているのでしょう。

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