収入が安定しない父。毎月の家賃はおろか、消費者金融の支払いも出来ていない

父方の祖母の死。私が生まれた時から、初孫と言う事も有り、とてもとても可愛がってくれた祖母。

 

劇の練習の時、私を2度も突き飛ばした先生に対して猛抗議をしてくれた祖母。幼い私を可愛がりつつもきちんと躾をしてくれた祖母。とてもとても有り難い存在の祖母でした。

 

その祖母が亡くなったのが、私が中学1年生の11月の事でした。祖母の遺体を前に、涙と悲しみがいっぺんに押し寄せ、ひとしきり泣きました。悲しみも有りましたが不思議と感謝の念も沸いて来て、弟達と巡り合えて兄弟になれた事、命のリレーを感じたりも出来て、最後まで教訓を与えてくれた祖母でした。

 

ひとしきり、泣いた後はそれなりにスッキリで少しづつ頭が回り出して考えることも出来るようになったのですが、心配事が現実になる事を思わずには居られませんでした。祖母の息子、つまり私の父親の事です。

 

父はこれで完全に終わりやな・・・私たち家族も孤立して行くんじゃないのかな・・・家賃や学校の費用も払えなくなるんじゃないのかな・・・と。プライドが邪魔して、人の下で働けず、かと言って事業も潰した後、再起も果たせずで、戯言・言い訳ばかりで収入の乏しい父親。

 

祖母の積み立てをあてにし、祖母がず~っと生きて居る事が当たり前かのように考えているんじゃないかと思う事が多数ありました。

 

父が、伴侶である母の弟に高い車を買って与えたのですが、父と祖母のやり取りを直ぐそばで聞いていると、どうもそのお金は、祖母が私たち家族の為に家を買うための資金として貯めていてくれたお金だったようなのです。

 

祖母は父を咎めていましたが、嫁の弟だから買ってやらんとアカンのや!などと言い訳。祖母はアンタが稼いだお金で買ってやるもんでないんか!?と言っていました。幼い私も祖母と同じ意見でした。

 

祖母は私にこぼすようになっていました。「育て方間違ったかな・・・」と。幼い私はすぐさま「まちがったんやわ、本当にアイツおばあちゃんのこどもなんか??」と聞いたりもして。(マセガキ・ナマイキ小僧でした)

 

祖母はこうも・・・「あれは我慢が出来んのや、やれば出来る筈なんやけどな。」言いながら祖母は悔しそうでした。

 

或る日は「あんたらの家を何とかせなあかんと思ってお金貯めてたのに、あんたの父さんがみ~んな使ってもうた。」と愚痴ることも有りました。 私にはどうする事も出来ませんでした。

 

案の定、収入が安定しない父。家賃が払えず、不動産屋さんが家に来て、留守番をしていた私に家賃の払い込みを催促する紙を置いて行きました。2か月分10万円とのこと。不動産屋さんが帰った後、私は笑ってしまった事を鮮明に覚えています。

 

結局、毎月の家賃はおろか、消費者金融の支払いも出来ていないようで、取り立ての男性二人がやって来てマンションの玄関で話している声を偶然階段の上から聞いてしまった私。このマンションを出て行くのも時間の問題だな・・・なんて思ってました。

 

祖母の死の直後から考えていた事が、徐々に徐々に現実になって行きました。祖母の死後は父方の親戚とも何だか疎遠になって行き、今は誰とも交流が有りません。

 

弟達が結婚するに当たり、父方の親戚にも招待状を送ったようなのですが、全く出席が有りませんでした。 父のこれまでの行いが、このような状況を招いたのだと思います。

 

私も気を付けないと・・・。

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