うつ病…死にたいと包丁を持ちだし、部屋の中で首をつりという毎日が続きました

我が子は、うつ病を発症して、もう7年経ちます。

 

いったい何が悪くてこんな状況になったのだろうかと毎日思います。我が子は、都会の大学に通っていました。大学時代はとても楽しく充実していたようです。しかし、地元に戻って就職してからが地獄でした。精神的に弱い子供ではなかったのですが、まじめで完璧主義だったのが悪かったのでしょうか。

 

職場での同僚からのいじめが大きな原因だったと思います。朝は5時半には家を出て、帰りは12時を過ぎて帰ってくる日が続きました。そして、うつ病を発症し今に至っています。

 

精神科では適応障害と診断され、いくつもの薬を飲んでいました。その間、乖離状態になりいくつもの人格が出てきたときには、もうこの子はだめかもしれないと思いました。

 

来る日も来る日も親を責め、親のせいでこうなったと言い、親を罵り殴る蹴る、ひどいときには首を絞められました。本人が一番ひどいのだと分かってはいますが、親の心もボロボロでした。

 

一番辛かったのは、死にたいという思いが消えないことです。口を開けば死にたいと言い、包丁を持ちだし、部屋の中で首をつりという毎日が続きました。

 

死にたいという我が子を見て、普通の親ならきっと我が子をとめるでしょう。

 

でも、毎日毎日、親のせいでこうなった。親のせいで病気になり、仕事もなくなり、結婚もできない、他の友達のように普通の生活ができない、親は何をしているのだ、親なら治せ。と言い続けられると、自分自身も何もできず、そして乖離状態の、子供の状態(急に暴力を振るう、ヘラヘラ笑う、表に飛び出していく、)を見るたび、どうすればよいのか分からず、一緒に死にたいと思うことが多くなりました。

 

いろいろ死ぬ方法を考えました。

 

一番よいのは、一緒に車で事故に遭うのがいいのではないかと思うようになりました。幸い、我が子は私と一緒に車に乗って外出する(ドライブする)事は嫌がりませんでした。家の中にいると、かえって状況が悪くなる(暴力を振るわれ、髪の毛を持って振り回されることもありました)事も多く、車で遠出をしました。

 

高速道路で、何度前のトラックに突っ込もうと思ったことか。しかし、なかなか死ねませんでした。我が子が言う言葉通り、死にたいわけではなく、この状況を終わらせたい。それには死ぬしかないという思いで毎日すごしていました。

 

でも、何とか治してやりたいという思いも勿論強く、様々な情報をもとに色々な病院を巡りました。

 

その中で分かったことは、精神科の医師の無能さです。全ての医師がそうだとは言いませんが、医師は薬を出すことが務めで、我が子も多いときは一日に40錠ほどの薬を飲んでいました。それが乖離状態をおこしたのだと今になって思います。

 

とてもよいカウンセリングの先生との出会いが、流れを変えてくれました。今は、少しずつ快方に向かっています。

 

私自身、このような状況を誰にも相談できなかったのが一番ひどかったです。ネットで様々なサイトを見ましたが、なかなか自分の思いを聞いてもらえたり、きちんと向かい合って話すことができるところはなかったです。

 

うつ病は本人ももちろん地獄ですが、まわりの家族も地獄です。でも今に思うと家族の対応が大事なのだと思います。そんなきちんとした情報を配信していただける場が本当に重要だと思っています。

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