従順と無私を教育され重い鬱状態、親は障害者の子供をもつ家族会で役員として活躍

幼い頃から脅迫に近い「正直であれ」という強制の下育てられました。常に監視カメラを背負って生きているような感覚でした。

 

あなたのことは離れていても何をしているかちゃんとわかる、全てわかる、隠しても無駄であると繰り返し言われて育ちました。勿論、隠さなければいけないことも悪いことも何もしていません、こどもなのですから。悪いのは周りにいた大人の方でした。

 

そうやって育てられるとどうなるか、人間関係がギクシャクします。自分がどうしたいか、相手は何を望んでいるか、その時置かれている状況では自分は何をすべきか、最適な対応がわからなくなります。

 

ロボットのようにしか振る舞えなくなりました。小学校低学年の時に自分の感情というものがわからなくなりました

 

また、常に悪いのはお前で正しいのは相手、複数の異なる意見があった場合は間違っているのはお前という全く理屈になっていない躾、教育を受けており、今でこそ否定できるのですが家庭と学校が全てのこども時代はその教えに染まってあげないと逆上して何が起こるかわからない環境だったため、その調教といってもいい教えを間に受けていました。

 

相手の真意を読むことさえいけないこととされていたので、大人になってから騙されたり、職場の中でも適切な行動が取れなかったりもしました。

 

学歴に関しても高校までは上位だった成績が情緒の安定を保てなくなるとともに底辺になり、その後合格した学校も重い鬱状態のため通えなくなり、幼児期、学生時代、社会人時代と年を経るに従って生きることそのものが苦しくなっていきました。

 

従順と無私を私に叩き込んだ親は情緒が不安定になった私を障害者として役所に届け、障害者の子供をもつ家族の会で役員として「活躍」(活躍というのは周囲の人間が親を描写しての表現です)、生き生きと活動していました。

 

一方私は幼児期からの人権無視、極端な抑圧を大人になってからも受けており望んでいたのとは全く別のルートを歩まざるを得ませんでした。

 

漸く人心を欠いた鬼畜のような親の呪縛から解放された頃には何のスキルもなく学びたかったことも学べず、相変わらず人に騙されわずかに持っていた蓄えを巻き上げられるという状況により陥りました。

 

もっと大変な思いをしもっと大変な虐待にあった人たちはたくさんいます、私の周辺だけでも何人もいます。自分はまだましだと思います、パソコンが有りそれを操作でき、回復したいという元気があるだけでも。

 

経済力を得て普通の生活を送れるようになったら学びたかったことを学び助けられる人を助けたいと思っています。

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