宗教は人間が生み出した!?寺院や神社をつくり道徳的な考え方を持たせ人や国を管理

世界には様々な宗教がありますが、結局は人間が生み出したものではないかと僕は思っています。

 

キリスト教徒の信じる神も、イスラム教徒の信じるアッラーも、仏教徒の仏様も、日本神道の八百万の神々も、誰かが考え出したものだと思います。

 

死後の世界や生まれ変わりについて否定するわけではありませんが、宗教というものは考え方の違いから衝突することがありますし、貧困や格差、争いはいつまでたっても無くなりませんから、もし神様がいたとすれば残酷な神様なのかもしれません。そうでなければ人間がつくり出した架空の存在です。

 

道徳的な考え方を多くの人に持たせ、寺院や神社などを各地につくることによって、国や都市を統一したり人々を管理しやすくなって社会の混乱を避けるという効果もあったのかもしれません。

 

幽霊なんかも、死者を粗末に扱わないための公衆衛生的な理由で広められた考え方かもしれませんし、怪奇現象も不安や恐怖によって思い込んでしまうだけなのかもしれません。

 

死んだら仏になれるというのなら世俗の人間として生きているメリットなんてなくなってしまいますし、自殺したら幽霊になって世界をさまよってしまいますよという教えによって、人口が激減するのを防げたのかもしれません。

 

ただし、まだ私達が気づいていない、科学で証明できていない高次元の存在みたいなものも、ひょっとしたらあるのかもしれないなと思うことがあります。

 

会いたいと思っていた人と偶然にもばったり出くわしたり、部活動をさぼって帰ろうとしたときに限って先輩に見つかったり、初デートで街を歩いていたら突然親とすれ違ってバレたり、ふと時計を見るとゾロ目だったり、あとちょっとズレていたら回避されていたような不思議な出来事は沢山おこります。

 

珍しい出来事だけが記憶に残っているだけという心理学的な錯覚のようなメカニズムがあるのかもしれませんが、それにしたって不思議だなぁと思ってしまいます。

 

脳が認識できるものに、皮膚からの感覚や目からの視覚、耳からの聴覚、鼻からの嗅覚、舌からの味覚などがありますが、実はそれら以外の第六感というものも存在しているのかもしれません。

 

目に見えなかったり、計測できるセンサーが無くて数字に出来ないだけで存在を否定するのはナンセンスだと思います。

 

電気や電磁波、放射線なんかも、計測器がない時代には分からなかったと思いますし、まだ人間が発見していない領域がきっとあるのだと思います。

 

あたかも現実に思えるこの世界も、もしかしたら別次元の生命体が創り出した仮想ゲーム空間かもしれませんし、「地球旅行」や「人間体験」のような観光をしに来ているだけかもしれません。

 

それでもどういう訳か、自分という意識の中には道徳心や向上心も備わっていると思いますし、誰かを傷つけたり嫌な思いをさせたりするのは申し訳ないし、昨日の自分よりは少しでも新しいことが出来るようになりたいと思っているし、自分を磨いて成長したら社会貢献したいという考えが自然とあるようです。

 

どうせ人生ゲームなんだから、たとえどんなことをしたって誰も困らない、みたいに考えることは出来ません。自分ひとりだけ楽しくても孤独なのかなと思ってしまいますし、人を傷つけることは楽しくないんだと思います。

 

現世に生まれてきた目的があるとするならば、それは「魂を成長させるため」という考え方が自分は好きです。時には辛いことや悲しいことも起こりますが、色んな経験をして自分を磨くことが出来るのならば、すべてのことに対して感謝したいです

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