酒乱の父の死後、親の借金を返済。妻の親が他界し、また借金がふりかかってきた!

健康不安があるわけでなく、結婚し二人の子供を持つことができた私ですが、ことお金に関して50代の今でも不安ばかりの毎日です。

 

私が生まれたころは腕の良い木工職人だった父の下、家族は平和に暮らしていました。ところが、小学一年生の頃に父が交通事故でむち打ちとなり、体が思うように動けなくなってしまいます。

 

その憂さ晴らしを酒に求めるようになり、事故の後遺症よりも内臓疾患のほうが重くなり、入退院を繰り返します。家の中は段々と荒れ果てていき、貧乏のどん底に。それでもお酒をやめられない父は近所への迷惑行為や家族への暴力などを繰り返し、以前の平和だった暮らしを思い出すことさえできない状態でした。

 

私はというと中学から高校にかけてそんな家にいるのが嫌で友人の家へ行ってはそのまま外泊するといったことを繰り返します。悪い仲間も自然と集まってくるようになり、勉強などほとんどやった記憶がありません。ただ、田舎暮らしであったことが幸いし、繁華街などというものとは縁遠く、ドラッグや窃盗などの犯罪に手を染めることはありませんでした。

 

高校生の頃には暴れていた父も病魔には敵わず、病院の中に入ったままでした。そのほうが家の中も静かで安心できましたので、このままの状態でいてほしいと願うようにもなっていました。それでもこんな家にいたのでは自分に将来はないと考え、高校卒業後に上京し就職します。

 

私の中では母や兄弟を捨てていくように感じられましたが、とにかく現状から逃げ出すことで頭がいっぱいだったのです。2年後に父が他界します。これで終わったかと思っていたのですが、母から多額の借金の話を聞かされます。確かに、貧乏の中で私たち兄弟を食べさせるためには借金するしか方法はなかったのでしょう。

 

実家に頼ることはできないと身に染みてわかっていた私にはそれなりの貯えもありましたし、世の中はバブル経済の最後の時でしたので、20歳の私にも何とか返済することが可能でした。

 

しかし、今考えると私とお金の関係はこんなことの繰り返しです。あの頃は転職してステップアップしていくことが格好の良いことのような風潮でした。私にも周りから声がかかり、転職を試みます。しかし行った先の会社で詐欺のような事件に巻き込まれ、またまた蓄えが消えてしまいます。

 

もう、東京の生活は嫌だ。かといって実家には帰れない。そう悩んでいた時、地方都市で独立開業していた以前の会社の先輩から声がかかります。独身で身軽であった私は二つ返事で先輩の住む地方へと転居を決めました。そこでの暮らしが始まり、ほどなくして今の妻と知り合い、結婚まで順調に進みます。

 

妻の親が他界すると、また借金がふりかかってきた!

 

わずかながら貯金することもでき、自分でも独立したいとの夢も膨らんでいきます。ところが、妻の親が他界。なんと生前の借金の話がまたまた降りかかってきます。泣く泣く清算。

 

次には先輩の会社が傾いてしまう。思わぬ形での独立開業。とはいっても学歴もコネも無い私にできるのは月に20万円を稼ぐのがやっと。毎日がお金の心配です。そんな状態を見かねた知人からとある会社を紹介され、安定を求め就職します。

 

けれどもワンマンな社長やそこの社風に馴染むことができず、軽いうつ状態に。結局そこを退職しまた一人で仕事を求めることになります。それでも声をかけてくれる人が現れ、現在の会社へと就職することになります。しかし、世の中は私が若かったころと違い、中途採用の中年にはとても厳しいものです。

 

仕事の内容自体元来求めていたものではありませんし、給料も20万円。妻のパートでやっと暮らしているような状態です。毎月の生活は何とかなったとしても将来への不安は日に日に大きくなっていきます。特に50歳を過ぎてからというもの、この先どうしたらよいのだろうと眠れなくなることもあります。

 

ネット環境を維持しているため、様々な情報を得ることができますが、知れば知るほど未来に対して絶望感ばかりが募ります。世の中にはもっと大変な人、孤独な人もいるのでしょう。実際、私の周りにもこの先どうしたらよいのかわからないという人が非常に多いのです。

 

本当は、私はこういう人たちを救ってあげたい。しかし、自分が不安定では何もしてあげられない。家族でさえ安心させてやれない私に何ができるのか。お金の不安とともにこうしたことも大きな悩みなのです。

 

乱文乱筆、内容も薄いのですが、思い切って書き表すことができ、少しだけすっきりしています。

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