プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

スピリチュアル

お布施が必要な宗教団体に入信後、ギャンブル、浮気、DV夫と離婚した母にMRIで癌が発覚。

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こんばんは。いつも、本当にありがとうございます。昨年末に、他界した母の話を交えながら 親について書きたいと思います。

 

私は、初めは望まれて 母のお腹に命を授かった訳ではありません。(現在は、望まれない命などないと思っております。マインドセットのお蔭です。)

 

私の母は、私の祖父が体調を崩してしまい働けなくなってしまった為に、祖母だけの収入では生活が出来ず高校を途中で辞め、家計を支える為に働くことになります。

 

母は、必死に働き 他の兄弟を大学まで卒業させています。母も、通信という形で高校を卒業したようです。かなり、苦労したと生前言っていました。

 

母は、20才の時に 私の本当の父親と出会う事になりますが…当時、母には純粋なお付き合いをしていた彼がいたそうです。

 

私の、父親は女性には少しだらしなかったようですが 母の職場の友人が父の彼女だったと聞きました。そんな中で、「みんなでドライブに行こう」と、私の父の彼女から友人であったため誘われたそうです。

 

そこで、父と初めて対面した訳です。 遊園地に行き それぞれ楽しい時間を過ごし帰路につきます。帰る方向の関係から、母は私の父の車で家まで送ってもらう事になったのですが… 母は少し疲れていたせいか、車内で眠ってしまったようです。

 

「着いたよ」私の父からそう言われ寝ぼけた状態で目を開けると  「どこ?」駐車場から部屋に繋がるホテルに連れ込まれていたのです。

 

その後は、生々しいため控えますが   私がその出来事により命を与えて頂く事になります。しかしながら、ここからは平坦ではありませんでした。

 

体調がおかしいと思い病院を受診します。 「妊娠してますね。おめでとうございます。」突然の事に、頭が真っ白になったそうです。冷静になり、母は「あのこと…」私の父にまず話をした所、「それは、困る。下ろして欲しい」と言われました。 

 

母は、純粋な交際をしていた彼に事情を話、1人で育てる決意を固めたのです。その時、母の彼は「俺が父親になってはダメかな」と言われたそうですが断ったのです。私の、祖父、祖母にも話しますが「好きでもない男の子供など産まない方が良い」と、もう反対されます。

 

でも、母は「私はもう産む事を決めた」と親の反対も押しきります。

 

私の父が、父のお姉さんに相談したようで…  「女1人で子育ては簡単ではないから、弟に責任をしっかりとらせるから結婚した方が良いと」父のお姉さんから、母は言われ  悩み悩んで、父からも「彼女とは別れる」結婚して欲しいと言われ  「お父さんがいないのは可哀想だね」とお腹の私に言い、結婚する意思を固めます。

 

祖父母も、母の決意に負け 了承をしてくれたそうです。そして、私がこの宇宙の地に誕生します。

 

しかし、待っていた私生活は母には地獄の生活になります。父は、夜はほとんど家に居らず私を育てている中、風邪を悪化させてしまい 「今日は子供を見て欲しい」と頼んでも、家から出てしまう… しかも、浮気ぐせがあり母も、我慢、我慢だったそうです。

 

そんな中、私の兄弟も誕生しますが  父は一向に変わる気配はなく、姑からは「あなたがしっかりしないから」と言われ (私には、血の繋がった祖母になりますが…人としてはちょっと…)

 

私が、小学生の時に母は自身も正社員として働いていた為 色んなことに限界を感じ 離婚に踏み切ります。10年ほどの結婚生活でした。この間には、祖父は自営業でしたが 祖父も女性との浮気が多く、人妻に手を出してしまい多額の借金を 母が抱える事になります。

 

そんな中、私の小学生時代の友達のお母さんに(子供を通じ親も仲良くなり)誘われ  私と母は、謎の宗教団体に行く事になります。

 

その宗教には、試験があり会社のように 平社員から始まり上の位になるには、また試験を受けるといった宗教団体でした。

 

私の小学生時代の友逹も試験を受けるという事を聞き、母も、色んな事があったため何かにすがる思いだったのかもしれません。 私と母は、友達と同じくして試験を受け、謎の宗教団体に入ることになります。今、冷静に考えたら普通ではありません。

 

その団体の道場には、数日に1回は通っていたのですが 必ずお布施が必要という… 今も存在する団体なので、詐欺とかインチキなどとは言えませんが 家の母子家庭での生活にはとてもキツイものだったと思います。少し霊感的な宗教です。

 

母は、元々私には見えないものが見えたりすることがあったようです。 その、宗教団体に入ってから母の霊感は上がり  突然、書けない英語をすらすら書いたり、突然、暴れたりと…  何がどうなった?私にも、訳のわからない状況が多々ありました。霊感的なものが、存在するか、しないかは未だに私はわかりませんが恐らく、存在する可能性が高いと思います。

 

母は、体を乗っ取られたとその現象の後に言っていて 自分の潜在意識ははっきりしていたと言っていました。

 

2年ほど、宗教団体に入っていましたが、母が「もう、あの宗教はおかしいから辞めよう」と言いました。私も、辞める事になります。私が、中学生の時でした。

 

体に、普段から身に付けなければならないものが、その宗教にはあったので それを言われた日に、外しました。 霊感的なものがあったので、勝手にその宗教の神の許可なく外してしまって良かったのかは未だにわかりません。

 

サイコパスのような大凶を後に運んで来る2番目の父親

 

母は、トップクラスの営業の仕事をしていたため 夜は遅く、朝は早いといった大変な生活をしていましたが縁があり、再婚する事になります。

それが、サイコパスと言っても良い 大凶を後に運んで来る 2番目の父親になります。

 

この父親は、最初の1年ほどは真面目でした? 表向きには、そう演じていたが正しいかもしれません。この父親の親も、お金の使い方が悪く 母からかなり借りていました。(借りたは形で、返してはいません)再婚して、1年が過ぎた頃から色々問題が起き始めました。

 

会社では、役職であったので私は、当時高校生でしたが父親が単身赴任という形で、引っ越します。母は、初めは私や兄弟と生活していましたが、あることから、父親の浮気が発覚します。母も、そんな事情もあり父親の所に行く事になります。すると、浮気は1人ではなく複数であったことまで発覚します。

 

母は、中々こちらに帰って来ることが出来なかったのだと、今考えるとよくわかります。不安だったと思います。

 

私は、家事全般こなしながら 学校に通い過ごしていました。親が別に住んでいた事もあり、彼女を連れ込んだり 普通に、夜遊びをしたりしていました。

 

そんな中で私が、3ヶ月ほどの間に大きな問題を立て続けに起こしてしまいます。学校からも、親に連絡がいった訳です。単身赴任から、帰って来ることになったのも言うまでもありません。私の話は、また別の話であるため省略致します。

 

父親は、赴任先から戻ってからもギャンブル、女遊びなど。おまけに、DVに発展していきます。

 

母は、腎臓があまり元々良くなくて 入院をする事が何度かありました。 それでも、15年以上の結婚生活を送りましたから  ボロボロの状況にあったことは間違いありません。

 

投資では、数千万の多重債務…人妻に手を出してしまい、相手の旦那さんから 相当な額を取られたと思います。自業自得ですが、家族がどれだけ迷惑したか… 今となってはですが。母は、生きる事に諦めがあったかもしれません。後に、しっかり母は立ち上がりますが…

 

人は、外面や見た目だけでは内面はわからないものだと  この父親のある意味お蔭で  考えるようになったと思います。

 

母は、現在他界してしまいましたが、 この病の原因を母の体内に作ったのが また、この父親です。

 

母は、私達からの話もようやく聞き入れ 離婚を決意しました。母が他界した現在も、まだまだ解決していない問題が、この父親との間には現在進行形でありますが 悲観的になっていない私は、松田さんのお蔭だと思います。マインドが整ってきたかなと実感しています。

 

話は、母に戻りますが 母もそうは言っても、誰か良い人が居たらと思っていました。そんな時、母が「会って欲しい人がいるんだけど 」私は、何も迷うことなく賛成でした。 そして、母はやっと自分と波長のあった人に巡り会い 新たな生活をスタートする事が出来ました。

 

新たな生活をスタートしたが癌が母を襲う

 

幸せに時間は流れたと思います。4年程の短い時間にはなってしまいましたが、濃い4年だったと思います。

 

しかし、一昨年春頃から 腰やお腹周りの痛みを訴えるようになります。 病院に行っても、湿布を処方されたり セカンドオピニオンを受けても整形外科… 

その後に別の医師により発見される「癌」は発見されることなく秋になります。

 

小さな病院でしたが、医師は確かだったのです。「ここでは処置出来ないので、早めにMRIを受けて下さい」大きな病院で、MRIを受け癌であることがわかりました。ステージ2でした。その日から、即入院生活が始まりました。

 

母の旦那さんは、本当によく 母を支えてくれたなと、現在も感謝の気持ちです。転移があったこと、元々腎臓があまり調子が良くなかった事もあり、抗がん剤は使えないという結論になりました。 そして、びっくりしたのが 癌の初期は8年ほど前だと医師がおしゃったんです。

 

しかも、女性特有の癌でしたので以前の父親が、外で菌を拾い 母に植えてしまい それが、癌細胞に発展したと私は確信しました。母からの、諸説もあるためです。

 

ステージ2から放射線治療も受けましたが、効果は得られず母は、脳梗塞を起こしてしまいます。 入院から、4ヶ月目に始まり、翌月にまた脳梗塞を起こしてしまいます。その脳梗塞は、致命傷でした。歩くこと、しゃべることも奪いました。

 

母は、パソコンの資格もかなりもっていましたし スマホも2台、ガラケーも1台持っていました。ガラケーすらも、使えなくなり話すことも出来ませんから、本当に辛かったであろう… 今から、1年前はそんな状況でした。

 

既に、夏頃に担当医師から 「あと3ヶ月もつか、どうか」と言われていましたが、母は身体中に点滴の影響からかアザだらけでした。延命手術も、何度も受けましたが上手くいかなかった。 最終的には、ステージ4になりあちこちに転移していました。

 

家に帰りたいと母は、カタコトに訴えていたので、昨年末に家に帰宅しました。自呼吸は、既に出来なくなっていたので、家の中に設備も整え帰宅しました。母が、息を引き取ったのは帰宅から、3日後でした。母は、ちょうど部屋に誰も居ない夜更けの2時間の間に逝ってしまいました。

 

母はあえて誰も居ないときに逝く道を選んだのかもしれません。もしかしたら、誰か~と言ったかもしれません。62歳の誕生日を迎えたばかりでした。

 

今は、新たな場所で全ての苦しみから解放され きっと、見守ってくれていると思います。母は、スピリチュアルをとても大切に考える人でした。

 

そんな事もあり、松田さんとの出会いを母が導いてくれたと思います。話が長くなりました。大変、読みづらく、わかりにくい文章ご了承下さい。

 

松田さんとの縁に感謝して、ありがとうございます。

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