糖尿病の悪化で義母は足の親指を壊疽で失い白内障も!世話をした私に残した言葉は・・。

さて、困った!50代主婦兼会社員、朝5時起き、睡眠時間5時間、1日ちゃんと休める休日は年間50日ほどという少なさの中でも、今のところはどこも悪いところはない健康体であると思っています。

 

年に1度は成人病の検査もしています。「困った」というのは、どうしても「健康に関すること」で今回は記事を書いてみたいと思ったからです。

 

それで今回は一昨年他界した義母のことを書いてみたいと思います。一生懸命に夫婦2人で働いて、30代前半でローンを組んで家を建てました。

 

引っ越しも済み、やっと落ち着いた頃に糖尿病の義母の面倒を見ることになってしまいました。当時60代の義母は糖尿病の悪化で右足の親指が壊疽で無くなってしまうほどだったのです。

 

視力も衰え、白内障でもありました。アパートで気楽に一人暮らしをしていたのですが、病院にも行かずに病気を悪化させてしまったのです。

 

我家に来たときに持ってきたのは、市から何年も前に借りた教育資金の督促状で、それについて問いただしても、「忘れた」と言うだけ。

 

私が1番嫌いなタイプで、それはそれは腹が立ちました。

 

その借金は10数万円だったので私が返済しましたが、年金のことで義母を連れて役所に行くと、役所の担当の方は義母に向かい「あなたのような方は子供が面倒を見ないと言えば、施設に入るしかないですね」と言いました。

 

私のことは無視して本人にそう言ったのです。複雑な環境の中で、女手1つで子供3人を育てるのは大変だったとは思いますが、正直、「とんでもない人が来てしまった」と思いました。

 

夫に事情を効くと、喧嘩になってしまい、大声を張り上げ恐ろしい形相になってしまうのです。

 

子どもは男の子が1人で、学校の成績も良かったので、大学に行かせようと決めていました。

 

朝早く起きて子供と義母の分のお弁当を作り、仕事に行き、6時頃に帰宅して夕食を作るという生活が続きましたが、義母は70代を過ぎてから糖尿病が悪化し、夫と協力しあいながら病院に連れて行く日が増えていきました。

 

家で座ってばかりの義母は、お尻の皮がペロリと剥けてしまい、入院をすることになったのですが、蓄えの無い義母ですので、入院費用もすべてこちらで払わなければならなくなりました。

 

一生懸命に働いて田舎の女の人にしては給料も多い方だとは思うのですが、自分のものは余り買うことはできませんでした。

 

何のために働いているのかと悲しくなった時も何度かあります。子どもの大学資金は銀行から教育資金を借りて行かせました。

 

義母は入退院を繰り返し一昨年に亡くなりましたが、お墓がまだありませんので、遺骨はお寺に預けてあります。

 

少しばかりの貯蓄は今年の後半にお墓代となりそうです。

 

若い頃から自由奔放に生きて来た義母の病気が悪化し、振り回された10数年間でしたが、私に残した言葉があります。

 

「神様のような人」(笑)

 

私はこれからの自分の人生をしっかりと見つめて、そして責任を持って生きていきたいと思っています。

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