後輩が新規で会社を設立するために共同出資しましたが配当金がありません。

これまでも株式投資、FXには縁のない暮らしを送ってきました。仮想通貨に関しては名前をしってるくらいで興味はありません。ただ、経理畑なので日経新聞は目を通す機会があり、株価などの動きは理解してきたと思います。

 

バブル期に株式で儲けたひとも数多くいると思います。その時に手を出していたら自分はやけどをしてきたと思います。株式は勝つか負けるかです。常に勝ち続けなければ失うものが必ずや出てきます。とは言うものの、一つだけ株式に手を出しました。

 

それは2002年、新規で会社を設立することに共同出資したことです。最初の会社の後輩が会社を興すことになり、その会社に参画すること、そして出資をすることになりました。

 

勤めていた会社を退職し、その退職金を全額つぎ込み、更に義理の弟にも出資を頼み、当時は株式会社を設立するためには1000万円がいりました。その4割、400万円を出資しました。わたしにとってはとても大金です。

 

会社設立に掛かる書類は節約するために私がパソコンで作成しました。最後は司法書士の先生に頼みましたが、何とか会社はできました。その会社は化粧品を企画、製造しネットを中心に販売する会社でした。わたしは専務取締役として着任しました。わずか5人の小さな会社です。

 

商品には自信があったので売れると確信していましたが、最初から閑古鳥が鳴いていました。売れるはずもありません。だれも存在を知りませんでしたから。運転資金はすぐに底をつきました。

 

最初、給料は70万円のはずでしたが、社会保険料も払える状況にあったので、役員会を開き役員は10万円の報酬にして、報酬は未払い。社会保険料のみを納付することになりました。

 

当時は2人の子供の教育費を賄わなくてはならないので、バイトに出るようになりました。その後1年半席を置いた後、取締役は辞任、会社も去ることになりました。報酬は1度ももらうことはありませんでした。

 

いざ会社を作るときは代表者とも夢と希望でワクワクしながら将来を語っていましたが、お金の切れ目が縁の切れ目。こんなやつ「くそくらえ!」なんて思うようになりました。当時わたしは40歳、社長は25歳。なんでこんなことに手を出したのか・・・そんなことばかり思っていました。

 

でも、自分の見通しの甘さでした。夢ばかり追っていました。自分の責任です。家族には迷惑しかかけていません。その会社は現在も存在します。化粧品を売る会社から映像を制作する会社に代わりました。社長はそのままです。

 

親族から援助を受けて存続しているようです。わたしは株主として現在も直接かかわりはありませんが決算になると財務諸表が届き株主総会連絡があります。15期になりますが、今年初めて株主総会に出席してきました。当時若かった社長も40歳をまわり少し疲れた感じがしました。

 

さて、株式の話に戻りますが、出資をしてから1度たりとも配当をもらったことがありません。儲かっていないのですから当然。経理をしているので痛いぐらいわかります。理解しようとしています。

 

しかし、やっぱり出資をしたのは配当をもらうために行ったものです。儲かれば、非上場の会社の配当率が高いのも分かっています。世の中そんな甘くはないですね。今後も何とかがんばってもらい配当をしてもらえるまで我慢するしかないようです。

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