赤面症、視線恐怖症で大量の汗をかく症状を治すため催眠療法を試したが・・。

昭和36年生まれの男性です。私は小さい頃から、おとなしく、内向的な性格でした。

 

人見知りで、人前にでるのが大の苦手でした。中学生の頃からは、赤面、視線恐怖と緊張がひどいと大量の汗をかいてしまうという症状に悩んでいました。

 

きっかけは中学1年生の時、グループで研究発表をする授業です。グループは5人でそれぞれ役割があり、1人が教室の前の壇上で発表することになっていたのですが、直前になって、当初発表する役割だった生徒が私に代わってくれと言い出したのです。

 

もちろん最初は断りましたが、結局、言いたいことをはっきり言えない私は押し切られてしまいました。壇上に立つと、40数人の生徒の視線がいっせいに私に向けられます。緊張で足が小刻みに震えていました。

 

そんな中で発表を始めたら、最初の言葉でどもってしまって教室中で笑いが起きたのです。うつむいた私の顔を見た前列の女生徒が「赤くなっている」と追い討ちをかけました。私をまた笑ったり、哀れんで見ているような生徒たちが目に入りました。たどたどしくもなんとか発表を終えましたが、グループに戻ったらメンバーに「ちゃんとやれよ」とか「何言っているか聞き取れなかったよ」などと駄目だしをされ、先生からも「もう少し大きな声で発表しなさい」と言われました。

 

情けないやら悔しいやら、とにかくみじめでみじめでどうしようもない気持ちでした。そしてそれからと言うもの、国語時間で教科書を読まされる時や黒板に答えを書く時、3~4人で話し合う場面などでも、視線を感じると赤面するようになってしまったのです。

 

視線恐怖で一番の苦痛を感じたのは、電車に乗る時でした。大学生になってから電車での通学になりました。朝・夕は満員状態です。誰も私なんか気にしても、見てもいないのですが、ダメです。汗が止まりません。ひとたび視線を感じてしまうと汗が出て、ハンカチで拭きます。そして周りの乗客の人から「汗かきだな」と見られていると思うと、ますます汗が出てきます。

 

毎日、電車を降りるまで汗を拭き続けました。自意識過剰ということなのでしょうが、どうしようもありませんでした。電車はやめて自転車で通ったこともありましたが、片道1時間半かかるので、長続きはしませんでした。社会人になってからは、お金を貯めてアパートを借り、自転車で通勤にしましたので、この電車汗地獄からは開放されました。

 

この頃はまだインターネットは普及していません。なんとか治したいと、赤面症・視線恐怖症の対処方法なる書籍を読み実践していました。その中で見つけた催眠療法の先生に相談に行き、治療をしてもらったこともありました。しかし、耳元でささやくその息がたばこ臭くて、先生の言葉がまったく頭に入ってきません。

 

もう二度と行きませんでした。悩みは、家族や友人には相談ができませんでした。こんな悩みを相談する事が恥ずかしかったのです。社会人になっても、会議や大勢の前での報告・プレゼンなどでは相変わらず赤くなって汗を拭き続けました。しかし、年齢を重ねて行くにつれ、少し神経が太くなったのか、鈍くなったのか「私はこういう人間です」って開き直ることができるようになったと思います。

 

トラウマなのか、混んでいる電車は今でも苦手です。乗車中に気分が悪くなり途中下車をすることがたまにあります。今になって考えると、学生時代に自分の性格、資質を見つめて、将来の職業を考えれば良かったと後悔があります。

 

人見知りで話すのも苦手なら、手に職を付ける仕事やフリーで食べていけるようなスキルを身に付けることを真剣に考えるべきだったと思います。でも、あの頃はサラリーマンになるのが、あたりまえ・常識という考えが非常に支配していました。戦後教育の洗脳だったのでしょうか。

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