昨年の熊本大地震の際、UFOの編隊を多くの方が目撃した⁈

知人から聞いた話ですが、昨年の熊本大地震の際、当日の夕方ごろ、UFOの編隊を多くの方が目撃されたとの事です。

 

嘘だろうと思いましたが、熊本地震-UFO で検索すると、確かにyoutubeに動画が上がっています。

 

そういえば、九州北部と言えば有名なUFOスポットがいくつかあると聞いたことがあります。

 

大分県に出張した友人の友人の話ですが、大分自動車道の真ん中位の?パーキングエリアで休憩をした際、そのパーキングエリアの真後ろが急に明るくなり(目を開けれれない位眩しかったそうです)、深夜でもあるので何か工事でも始まるのかと思ったらしいのですが、ゆっくりとその光が上昇したかと思うと、直後にあっという間のスピードで空に消えて行ったそうです。

 

自分以外他に駐車している車も無く、光が消えた後は余計辺りが暗く感じたそうで、怖くなってすぐに出発したそうです。この話はその友人の友人の方が写真付きでブログに上げてありました。

 

UFOに関して、見たという人が出る度に信じる信じないという議論になるかと思いますが、宇宙に無限の星があったり、そもそも宇宙の存在自体が解明されていない事を考えると、地球以上に発達している星がどこかに存在していてもおかしくないと私は考えます。

 

現代科学は100年後には旧式の考えとなり、最新の技術で得た発見から想像を膨らまし、その時なりに解釈してというのを繰り返してきたのは歴史が証明しています。

 

約500年前、当時は大きな発見として唱えられていた天動説も、今となっては滑稽に思える想像にすぎません。宇宙レベルで見たときに、現在の地球が他の星と比べどのレベルなのかはわかりませんが、UFOの乗組員、我々が宇宙人と呼んでいる方からすると、彼らはとうの昔にタイムマシンを既に開発済みで、その最新ではなく、地球でいう軽自動車のような技術を使って古い歴史を調べているに過ぎないのかもしれませんから。

 

UFOや宇宙というのは、技術が発達すればするほど科学で証明される、どちらかというと現実に近い物だと私は考えていますが、一方で誰にも説明が出来ないものがあるとすれば、それは生命体の存在です。心臓はなぜ動くのだろう?などと考え始めたら夜も寝れません。

 

こう考えると私の存在や人生などちっぽけなものですね。ちっぽけながらにも生きているわけだから、幸せになっても罰は当たらないでしょう。でも人を傷つけたら報いを受ける。これが平等という事。いや、生まれながらにして権力者がいる事を考えれば平等など無いに等しい。うぅ~む・・・

 

結論=考えてもしょうがない。後半は秘密ではなく考えを書いてしまいました。

 

私自身はこれと言った不思議な経験、目に見えない世界の経験がありませんが、存在は信じている方だと思っています。しかしながら学の無い私の頭では結論を導く事が出来ません。

 

若干話はそれますが、今年私が学んだことは、占いや新興宗教など全てそうですが、信じる人は救われない、いや、信じるだけの人は救われないどころか騙されるという事です。盲目的に信じる事は快楽の一種なのではないでしょうか?

 

そしてそういう事を率先して教える側に回り、お金儲けに繋げる輩が多過ぎるという事。更に現実的に日本の法律はこういう悪い人間を裁くシステムが全くなっていない。

 

こんな社会に生きていると、結局信じれるモノは「人」とリアリズムなのかなと思います。

 

盲目的に信じるという行為はもちろん否定しません。しかし、信じる相手を間違えると幸せには決してなれないのが現実でしょう。

 

自分の信じられる正しい行いをしている人。現実的に利を得ている人。正しき事や教えを与えている人。他人の手本になろうと更に努力し続けている人。
現実社会の構造を深く理解している人。そしてそれに逆らわず貪欲に高みを目指す人。人間らしい人。日本人として品格がある人。

 

判断力の無い、私も含めた間違った世界にいる中高年に手を差し伸べてくれる愛の人。松田さんに対してこのような印象を持っています。

 

まだその感情を上手く説明できませんが、動画を初めて発見した時、他では感じなかった感覚を覚え、更に学んでいくうちに上記のような印象が日に日に強くなっています。

 

今後も学び続けさせてください。どうぞ宜しくお願い致します。

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