日経平均225で損切りせず追い金し全財産を失い、妻は躁鬱状態になり蟻地獄へ。

私は、現在貧乏のどん底にいますので、FXや仮想通貨への投資経験はありません。

 

唯一あるのは株式投資の経験がリーマンショックの翌年2009年ころにあります。

 

リーマンショックで、組織の管理職であっても派遣社員の組織であったため派遣切りという仕打ちに合って何とか立ち直って、甘い考えで始めたのが日経平均225への投資でした。

 

ここから今の貧乏暮らしへと蟻地獄にはまっていきました。

 

2008年リーマンショックの年に私と今の妻は、気兼ねなく気楽に生きていくため田舎への引っ越しを決めました。

 

私と妻の仕事を決めて、社宅暮らしをすることにしました。

 

電化製品や家具なども揃っていましたので、その時持っていたものは処分しました。2008年の3月にスタートした暮らしでした。

 

丁度半年後に、リーマンショックで派遣切りになるとは思いもしていませんでした。実際には、幹部であったこともあり11月くらいまで出勤しました。

 

そして、翌年の3月まで社宅で生活は出来ました。その時に少しあった貯金や違約金などから次の生活のためのアパートを借りたり、家具や電化製品を買い揃えました。

 

何とその時、手元に残った数十万円で無謀にもパソコンを買って回線を契約して株式投資を考えたのです。

 

ネットで取引ができるように、口座をつくったりしました。それまで全く未知の世界であったインターネットの世界であり、投資の世界でした。

 

その頃リーマンショックで下がった平均株価が8000円から1万円代に上がるところで上がる方に買っていれば、デイトレードで損をすることはあまりありませんでした。

 

日経平均のミニで一口5万円程度の補償金で買えたと思います、最高でも3口くらいを投資する程度で欲張らなければ生活費くらいは稼げました。

 

だんだん注意しなければならないことを忘れていき、その頃はたしか15時で完全に終了していたと思いますが、絶対に翌日に持ち越さないことにしていたのですが。

 

どんどん値が上がっていくことに高値でも買い足してしまったところで、株価は急降下しました。

 

その日に損切りすればよかったものを、必ず上がると思い追い金してまで上がるのを待ってしまいました。たぶんそれをもっと持ちこたえられれば勝てたのでしょうが、自分の支払い能力の限界まで来たらしょうがありません。

 

損切りのクリックをするときは、頭の中が真っ白でした。それまでのほんの少しの蓄えは消え去りました。たかが100万円少しですが、私の全財産に違いありません。

 

それから生活費だけを何とか働いて得るという自転車操業のようなことになりました。そんな貧乏な生活をする中で私の妻の心は崩れていきました。

 

躁鬱状態を繰り返すようになってしまいました。私は思うように働くこともできなくなり、蟻地獄にはまっていったのです。

 

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