障害を持つ子どもは、魂の位が高く、あえて困難な状況下を選んで生まれる

私は霊感とかは全然ないのですが、昔から信心深かったおばあちゃんの影響で、小さい頃から毎日仏様に手を合わせていました。

 

今でも神様や仏様、ご先祖様や守護霊様の存在はすごく信じています。かといって、宗教に属したりはしていません。

 

ただ、いつも守られている気がしています。私的にはいつも可愛がってくれていたおばあちゃんが守護霊となって、守ってくれているような気がしています。

 

生まれ変わりについては、人間は生まれてくる時に、神様に今世ではこういう修行をして幸せになります、と約束して、自分の修行がしやすい環境を選んで生まれてくると聞いたことがあります。

 

だから、自分が決めた試練しか出てこないから、乗り越えられない試練は無い、とも聞きます。それをわかっていれば、どれだけ辛い出来事が起きても自殺をするようなことには至らないとも…

 

でも、人間は苦しみの中にいたら、自分だけが苦しくて不幸だと思い込んでしまいがちなので、難しい問題でもあると思います。

 

でも、こうして試練を乗り越えて魂の修行をして、また来世では違う修行の課題を自分で決めて、生まれ変わりを繰り返し、魂の修行をしていくのだと聞きます。

 

障害を持って生まれて来る子どもなどは、魂の位が高くて、あえて困難な状況のもと、生まれることを選んでいると言います。

 

また、その親もちゃんと、その障害を受け入れて育てられる魂の位の高い人だとも聞きます。確かに障害を抱えた子どもを育てていくのは、並み大抵の愛情では育てきれない気がします。大きな愛情と大きな器がないと無理な気がします。

 

そして、短命で命を終える赤ちゃんも、何か意味を持って生まれてくるのだと聞きます。その家庭には、その試練が必要だからこそ、そこに生まれてくるのだと…

 

よく、赤ちゃんは天国からお母さんを選んで生まれてくると聞きますが、それを知ってから、私は4人もの子に選んでもらえたんだ、という喜びと、同時に、子育ては親も子どもに育てられるというので、きっと、あなたはまだまだ成長しなくてはいけないから、共に成長させてくれるために、神様が4人の子を授けて下さったのだな、と最近よく思うようになりました。

 

確かに子育てをしていく上で、自分の未熟さや幼稚さを思い知らされる出来事はたくさんあります。

 

そして、子どもから教えられること、気付かされることもたくさんありました。自分が子どもの頃、想像していた大人像と自分はかけ離れていると、何度も思いました。

 

でも、子どもたちのおかげで、きっと子どもを持つ前の自分よりはだいぶん、人間的に成長できたのではないかな、とは思います。

 

とはいえ、未だにこの歳になっても自分は未成熟な気もしていますし、まだ、これからも成長し続けなければいけないな、と自覚はしています。

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