シックハウス症候群にかかり不眠の連続の娘が精神科の薬100日分を一気に飲み自殺

松田豊様、いつもありがとうございます。私のような、お金も無い、先も短い老人に向かい合って頂き感謝の気持ちでいっぱいです。

 

子供の頃はロマンチックな夢として教会がありました。教会へ通ってみようと一度協会の扉の前まで行きましたが、扉は締まっていましたし、人の気配も無くハッキリ言って入室禁止の雰囲気を感じ中に入りませんでした。宗教に入ろうとしたことは、私の長い人生のうち、この一回だけでした。高等学校までは、順風満帆でした。

 

大学も二浪までして行けたのは横浜の名も無い学校でした。名も無いと言いながらも、箱根駅伝では何時も十位前後を走るので、応援のし甲斐が有ります。初めての就職は先見の明があった紙コップの制作機械会社でした。直属の上司であった課長に何故か差別を受け、生まれて初めて人を憎むという感情を知りました。毎朝、顏を見るのがおぞましいのです。

 

人間、人を嫌いになったり、嫌悪感を持つ原因は「嫉妬」だということに気付きました。一年半で退社して地元の小規模な建設会社に転職しました。その会社も三年でつぶれ、転職した三度目の織機会社もちょうど三年で潰れました。車に乗るのが好きだったからタクシーの運転手になりました。

 

女の子が生まれ高等学校は何とか公立に合格し、この時までは仕事はきついが普通の生活を営んでいました。娘は高等学校の二年生から不登校になり、夜遊びを覚えました。ストリートダンスに熱中したのです。悪知恵は持っていて、最低の登校日数を計算して最低学力で卒業しました。

 

ダンスを習いたいから、東京へ行きたいと言われお金が無い事を理由に私は断りました。地元で働きなさいと言ったのですが、東京一本槍でした。キャバクラで一年働きお金をため、自力で東京に旅立ちました。一年ほど娘は無事でダンス教室の教師となりお金も貯めたのか、新築マンションに変わりましたが、そこは地獄でした。

 

シックハウス症候群に掛かり不眠の連続で体が不調になり、私の知らない間に神経科に掛かり大量の精神安定剤を服用していたのです。そこにきて筋肉弛緩と言う病気にかかり好きなダンスも出来ず、精神科の薬100日分を一挙に飲み自殺しました。

 

東京の警察から「娘さんは心肺停止です」との電話が有りました。私は、生きていることが地獄だ、と思います。最近、胆のう摘出や膀胱がんで全身麻酔を経験しましたが、さっと意識不明になり真っ暗闇の世界に落ち込むことが死の世界だと信じます。死の世界は何の感情も無い楽な世界だと思います。

 

だが、生きている人間にとっては、生活の苦しさを味合わせてはいけません。忘れないでください。家内は私より十歳以上年下なので、私が先に死にます。先生は、中年、高年者とよく言われますが、老人もいます。年金受給者の私は、今81歳。

 

身体労働は無理なのでなんとかネットビジネスで成功し、たとえ毎月十万でも家内名義の通帳に死後も入金できるように頑張っていますが、高額塾に二度騙され今は身動きが取れません。

 

高額塾を別に恨んではいません。私の無知が悪かったのです。家内はそんな旨い話は無いから止めろと言ってました。娘も死んで楽になった、と信じています。天国が有れば天国へ行っていて欲しい。でも私は来世を信じません。霊、輪廻転生、カルマ等には無関心でした。余り知識は有りません。

 

世界戦争の殆どは宗教戦争だと知り宗教が無ければ世の中、逆に平和になるのではないか、と思っています。

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