姑からのいじめを放置する主人に我慢の限界。離婚したいが子供のことを考えると迷う

いつも、ありがとうございます。いつも、ぼーっと生きていた私が松田さんに出会い、少しずつ変わって行く自分にワクワクしています。今回いじめについてですが、私は恵まれた環境にいたのか、神様から守ってもらえたのか、(特に宗教はしておりませんが)今までの人生いじめにあったことは、多分(図太い性格で、きずいていなかったのかわかりませんが)ありません。

 

でも、人生での一番のイジメと言えばお姑さんだと思います。今も93歳で元気です。今はだいぶ優しくしてくれるようになりましが、思い出しても心臓がバクバクするほど、私には強烈なイジメでした。

 

同居をしていないのが何よりも救いでしたが、わりと近いのでよく、主人の実家には帰ります。一番嫌なことは、私の実家の両親の悪口を平気でいいます。それに対して主人は、今までの結婚生活で一度もかばってくれたことはありません。

 

最近、もしかして主人の仕打ちも、私に対してのイジメなのかと思うことがよくあります。

 

結婚当初には、結婚式での私の身内の発言が「気に入らない」だの、友達男性のスピーチを聞いて、「あの男とあんたはできてたんやないか?」と、キツイ口調で何時間もなじられました。それからも、数しれないイジメのかずかずでした。しょっちゅう、合い鍵を持っているのでうちの家に勝手にはいり、帰ると散々、作った料理がまずいだの、洗い物がのこってた、と、言われました。

 

夜、何の連絡もなく訪れることもたびたびでした。あるとき、私が盲腸で入院し退院したその日に、義母が、「大変やろうから家においで。」と、誘ってくれました。私はなんて、優しい義母だと、感激し泣いてしまいました。

 

子供5歳、3歳と小さかったのでとても、嬉しかったのです。ところが、行くなり、義母の口から出た言葉は「あんたがしんどい、痛いとか、言うて寝ていられたら息子は仕事に力が入らず支障をきたす。 だから、あんたをひきとったんや」と罵声をあびさされました。

 

それから、寝てる枕元に掃除機でガンガン掃除をしたり、枕元まで、主人に作ったお弁当をみせにきました。そんな、嫌がらせを散々され、私は、泣きながら主人に、「帰りたい」といいましたが・何も言わずもちろん、義母に何か言ってくれることもなく結局、私も小さな子供を連れて出ていく勇気はありませんでした。

 

今、思いだしても何故あの時、主人と離婚する勇気がなかったのか、結局、今も結婚生活は子供たちのためと、思って続けてきましたが、主人の態度は全くかわりません。

 

イジメられたことを思い出すと、たくさん浮かび上がるのですが、それにつけても、今の私の一番の矛先は主人かも知れません。課題とどんどん、離れた話になり、申し訳ありませんが聞いて頂いて、よろしいでしょうか?

 

主人の実家は、怖い義母にみんなが恐れて、義母がキレると義父も、黙り込み、口答えをしないという慣習があるようです。私がどれほど、義母にイジメられようも義父すらも、黙って、時の流れを待つ、と言う態度で、もちろん義父も全く私をかばってはくれませんでした。

 

その義父も15年前に亡くなりましたが、自宅で介護をしていた義母は、弱って寝ている義父に向かい、「あんたのせいで私ばかりが何でこんな苦労をしないといけないんや、私はやりたいことも出来ずに寝ることも出来なくてあんたのせいで不幸や」と義父をなじり、けなしていました。

 

もちろん、それを見ている主人は、何もいいませんでした。私は義母を冷酷な人だと、つくづく思いましたが、今思えばそれを、目の前で見て、息子が何も言わなかったことが一番冷酷だったと、いまさら思います。 

 

結婚生活34年きましたが、私も今、この冷酷な主人とこれから先の人生を一緒に生きて行くことに、疑問を抱き、離婚も考えています。何度も何度も私は主人に気に入らないことを話してきましたが、それに対して、何の解決を考えたり話し合いを真剣にしてくれたことはありません。

 

その度、わたしも子供たちを親の離婚で哀しませたくないと、思い直し、何もなかったかのこどく、普段の生活に戻っていました。今から考えたら、結局それが私の中には積み重ねられて今、我慢の限界になってきています。

 

何の為に我慢しないといけないのか、わたしは、私の人生、私も幸せになりたい。そんな、私の考えはおかしいでしょうか?聞いてくださりありがとうございました。めちゃくちゃな文章でごめんなさい。

 

コメントは受け付けていません。