父の生命保険を治療に使わず母は会社の運転資金に使い、父が死ぬ2週間前に死に床の用意

父が肝臓ガンで亡くなった時、ガンが発見された時はもう末期で死ぬ2ヶ月前まで本人にガン告知しなかった為、それまで黙って隠していた時も辛かったし、告知した後、ものすごく本人が悔しがっていたことや、みるみる弱って、痩せて動けなくなっていく様子を見ているのも辛かったです。

 

大好きな父だったけど、父が死ぬ前からずっと日記をつけていて、死んだ後にそれを読んだら私のことがほとんど書かれていなかったことがショックだった。父は死ぬ前に病床で、この後自分がどうなっていくのか怖い怖いと言ってました。死ぬとわかっていてもかなり勇気と決意が必要だったと思います。

 

よく思い残すことなく死ねると言いますが、この世に思い残さず死ねる人なんてほとんどいないと思います。私は少しでも父に長く生きてほしいと思っていたので、抗がん剤やセカンドオピニオン、民間療法など色々調べて母に伝えたりしましたが、治療するお金がないし担当医がもうダメだから手の施しようがないのでどうしようもないと諦めてしまっていました。

 

そして私が以前かけさせた父の生命保険を治療に使わず母は会社の運転資金に使ってしまいました。父が死ぬ2週間前に実家に寄った時に和室にもう死に床用の布団一式が用意されていましたし、死ぬ1週間前に私が交代で父の付き添いで病院に泊まった日に母たちは喪服を買いに行っていた様子でした。父が死ぬ準備をしている母たちがその時信じられませんでした。

 

そして父が亡くなり、遺体が一旦実家に帰り次に日に葬儀場への送り出しに葬儀車のドライバーさんが家族を呼んでいるのに、皆んな葬儀の準備で忙しいのか、私以外誰も出てきませんでした。自宅からの最後の別れなのに・・と悲しい気持ちになりました。

 

そして葬儀の日に私の友人たちも来てれましたが、葬儀中に何故か私に罵倒を浴びせてきました。父が焼却炉で焼かれてる間も友人はこんな時にもかかわらず、よくわからない事を言ってずっと私に説教してきました。損な行動をしているとか、今までの行いが悪いとか・・。

その友人たちとはその葬儀の日を境に疎遠になりました。私のメンターだった父が亡くなったことによって、私は支えがなくなってしまったし、友人も親兄弟も信用できなくなりました。

 

私の何がいけなかったのか?どうして友人たちから説教されたのか?全く理解できていません。

 

松田さんの動画を見させていただいて、私のメンターが父であったこともわかったし、父が亡くなって以来メンターがいないことにも気がつきました。

 

地元の友人や学生時代の友人も全く連絡をとってないし、連絡先もわかりませんし今更会って何を話していいものかもわからないので、会うつもりもありません。私には、まだ中学生の息子がいますので彼の成長の為に、彼が悲しまない様にもう少し生きていきたいと思っています。

 

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