吃音が、心の持ち方なぜ恐怖心を抱くのか、心の中を掘り下げた結果、自然と治癒

今は直っていますが、40歳位まで吃音で苦しみました。社会人になってから35歳位まで苦しみましたが、40歳でほぼ完治しました。無料の吃音治療教室に数回通っただけで、あとは独学と訓練で治しました。吃音者の苦しみは、同じ吃音者の人にしか分かりません。苦しみは、他人の目に見えませんので同情はされません。吃音でない人は、口ごもり上手く話せない吃音者をからかったりしますが、吃音者にとり、とても強いプレッシャーとなり苦い経験がトラウマとなり、吃音はいよいよ悪循環に陥ります。

 

私は、吃音ながらも電話に出たり、取引先に出向き挨拶をしましたので、決して自分は吃音だからと逃げることはしませんでした。その代り、電話の受話器を取っても“モシモシ”が言えなかったり、取引先で会社名が言えない等、想像を絶する苦しみと大恥をかいたものでした。吃音者の方は、普通は、なるべく話さなくていい仕事を選択します。しかし私は、開き直り、捨て身の勢いでしたので、結局直すことが出来ました。吃音者というのは、おそらく殆どの方々は、生涯を吃音の苦しみを背負ったまま生きることでしょう。

 

自分がこのような経験をしましたので、人をからかうことはしなくなりました。世間では、人がくしゃみをすると、「もう一回!」などと言い、当人をからかう習慣がありますが、とんでもないことです。軽いくしゃみとは限らず、当の本人は、死ぬほど苦しんでいる場合もあります。人が苦しんでいるのに、さらに追い打ちをかけるような言葉を、笑いながら投げかける人は多いです。相手の心、心情を無視しています。このような、からかいが出来る人と出来ない人は、明確に分かれます。

 

もしも釈迦がこの場にいたならどうでしょう。くしゃみが止まらない人に「もう一回!」などと追い討ちをかける、からかいは言わないでしょう。職場に人の心情を無視する人が一人でもいたなら、嫌な職場となってしまいます。

 

吃音者の方は案外大勢いるらしいですが、自分が吃音であることを他人に悟られないようにしています。ですから、目立たないのです。人前では、なるべく話さないようにしています。人の苦しみが分かるようになるには、自分が身を持って経験するのが一番です。人の苦しみは何となく想像できても、吃音の場合は、非常にむづかしいです。なぜなら、どもらない為には、落ち着いて、ゆっくり話せばいい、と考えるからです。

 

落ち着いて、ゆっくり話せばいい、ことは百も承知で分かるのですが、それが出来ないから吃音という病気なのです。ネット上には、吃音直しますという広告は沢山ありますが、果たして直せるのか、大変疑問です。そもそも、吃音の先生方は、自身が吃音の経験がないならば、患者を治療するのは相当困難なはずです。吃音者は、あらゆる手を尽くしても直らず、途方に暮れていることでしょう。

 

私は、自分が直せたので、大変貴重な人間の一人という自覚がありました。吃音は直せるという事実を、同じ吃音者に教えたかった。ネット上には、私が直した体験談があります。私の記事を読んで、勇気付けられ、希望を持てる人が、たとえ一人でもいたなら満足です。

 

私の記事は、吃音治療により収入を得ている、お医者さんには、やや不都合な内容です。私は、薬や催眠術でもなく、ただ心の持ち方、心の在り方、なぜ人は恐怖心を抱くのか、心の中を掘り下げていった結果、自然と治癒に向かったのです。

 

従って、吃音という病は、私に「心に目を向けよ」、という人生の課題を持たせてくれるための、宿題のようなものだったのです。吃音という病でなければ、私はただ、のほほんと生きてきただけです。人は誰でも、生まれる前に、人生におけるテーマとでもいうべきものを計画して生まれてきます。しかし酒を呑んで、テレビを観て、忘れて過ごす人も多いことでしょう。

 

一つの壁を乗り越えることで、一回り大きな人間になれるとすると、壁や試練は、苦痛でも何でもなくなります。目の前の問題は、自分が成長するための課題なはずです。誰しも課題を用意して生まれてきます。吃音者には、ぜひ直していただきたいと願っています。直せれば、大きな自信となります。

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