サクランボ農家経営は農業機械も高く収益悪化。父がギャンブルと酒におぼれ自殺しかける。

僕は農家の長男として生まれました。高校生の頃の話しになるのですが、父がサクランボを作って専業農家として生計を立てていました。

 

みなさんサクランボは儲かるでしょなんて言う方もいますが、はっきりいいますと本当に会社員の年収よりも、大幅に落ち込みます。

 

木を育てるというのは何年もかかるので、毎日の木の手入れなども必要になってきます。

 

僕が中学生くらいの時が一番ひどくサクランボでの収入が落ち込み、父はかなり不安そうでした・・・農業機械などは高いものだと車3台くらい買えるほどの値段です。

 

父はよく僕にこう言いました。車なんていうのは農業機械に比べればかなり安いもんだ。お前達が乗る車は毎日使うだろ?農業機械は月に数回しか使わないのに何千万もするんだぞと・・・

 

父は色んな所からお金を借りていました。サクランボもうまくいかず、くさり始めて、ギャンブルにおぼれ、酒に飲まれました。

 

父は僕が中学生の時に消えました。自殺を考えて何ヵ月も家に母と自分を置いて帰ってきませんでした。

 

父の知り合いに尋ねて一緒に探しに行くことになりました。夜に近くの山に探しに行ったら、軽トラックが置き去りになっていて、運転席には遺書が残されていました。

 

僕は暗い森の中を必死でライトを片手に首をつっていないかと思いあたり一面の木を照らし続けました。母はもう放心状態だったため、僕は怒りと、怖さで必死に探しました。

 

だけどいくら探しても父の姿は見えてきませんでした。でもその時は僕はもう半分諦めていました・・・
ほんとに死んでしまったのかもしれないと真っ暗な心境でした・・・

 

母は泣き叫んでいたのをよく覚えています。僕は涙をこらえていました。その時は父の知り合いから心を落ち着かせてもらって、朝まで家でしんみりと母といました。

 

警察には届けなかったみたいなんですが、ある日僕のおじいちゃんが残した小屋に父が変わりはてた姿で生きていたそうです。発見したのは父の友人だったのです。

 

死ねなかったのです・・・

 

ただ、僕はどんな形であれ生きていてよかったと涙が初めてでました。当時の僕は考えも浅くギャンブル、酒なんて借金抱えて家族、親戚みんなに迷惑かけて恥ずかしい父だととても感じていました。

 

僕の父は本当にこれまでいろんな方々に迷惑をかけ助けて頂きました。本当に感謝しています。

 

今現在僕は32歳になって父の苦しみが痛いほどわかるようになりました。かなり苦しい時に農家という事業もうまくいかずとも僕を育ててくれました。

 

お客さんにいい物をなんてことは一番父が知っていることなのかもしれません・・・

 

父親は今だこせません。ただそういった思いを胸にしまいながら、何とか生き抜いて行こうと思います。

 

辛い思いでのお話しを聞いて下さりありがとうございました。

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