高卒で学歴コンプレックスがある。社会人を受け入れている大学のゼミで学びたい

自分は高卒ですから、学歴のコンプレックスがあります。学力がなかったから大学に行けなかったのではなく、家の経済状態が悪く、中学のときにすでに進学を諦めていて、高校は定時制高校にいき、昼間は働こうと思っていたほどだったからです。

 

幸い、卒業後にすぐに仕事ができるようにと、高校は工業高校の電気科に行かせてもらいました。そういう状況でしたので、すでに中学の頃から、自分の人生の夢というものを持つことができず、とにかくお金のために働かなければならないという、そういうマインドが強く刷り込まれていたのだと思います。

 

今思えば、その頃は、親も仕事が大変だったのだと思います。それを子供心に感じ取っていたのでしょう。少しでも早く親から自立して、働かなければならないという意識が強く、結局高校卒業とともに社会に出たのでした。

 

今、51歳となり、今までの人生の中でなんども大学を出ていればよかったと思うことがありました。仕事において、先に進む可能性を最初から諦めなければならないこともありました。

 

自分で本を読み、教養を深めることはできても、一般の人から見れば、大学卒という経歴もない高卒の人間の言うことに、耳を傾けてくれないのではないかという、コンプレックスは、いつも心の底にありました。いまでもないとはいえません。

 

親の経済的な不自由が、子どもの可能性を狭め、その人の持っている可能性や選択肢を狭め、また同じように経済的に不自由な状態に縛り付け、またその子どもへと、負の連鎖が続いていってしまうのです。

 

こういう負の連鎖を断ち切って、すべての人に教育の機会を開いていってほしいと願いますが、現実はなかなかそういう状況には向かいそうにありません。

 

私自身も今3人の子どもがいます。高校二年生、中学三年生、小学四年生ですが、子どもたちが願う進路に行けるようにと願いつつも、経済的な状況がそれを許さない現実をまえに、自分が味わったコンプレックスを同じようにこどもたちにも味合わせるのではないかと、辛い思いをしています。

 

もちろん心の持ちようで、コンプレックスから解放されることも可能ですし、今は学歴などはあてにならない時代ですから、大学進学にこだわることはないのかもしれません。

 

しかし、「みんなが行くから」ではなくて、「もっと学びたい」という思いがあるのなら、大学に行かせてあげたいのが親心です。

 

自分自身も、もし経済的な自由を手にして、学ぶ時間ができるなら、社会人を受け入れてくれる大学のゼミなどで学びたい。そして残された人生を、もっと人のために役立てたいと思っています。

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