人間ウォッチングが習慣で女性になりたいという願望がある。自己肯定感の低さからきている

松田さん、こんにちは。いつも動画を拝見しています。とても為になります。普通の人がなかなか理解できない自分のクセや習慣について書かせていただきます。

 

私の癖というか習慣は人間観察です。男女問わず、外見や服装、体型を観察してしまうのです。私は男性だから女性に目が行くのは珍しいことではないと思います。ところが私は男性の後ろ姿、尻や背中を見てしまう時があります。

 

足の長さや腕の長さ、髪型、背格好、どんな服をきているかなと仔細に見つめてしまいます。相手に気づかれると「何見ているの」って感じで嫌な顔をされます。当たり前ですよね、見知らぬ人にそういうことをしているのですから。

 

男性はもちろん女性でも同じことをしてしまいます。老若男女なのです。おじさんでも、おばさんでも、子供でも。体型だけではありません。この人はどんな生活をして、どんな所に住み、どんな生活をしているのかなどと考えてしまいます。

 

人間ウォッチングは主に喫茶店などでやっています。もちろん歩いている時もやってしまいます。自分では、そういうつもりもないのに男性の尻から足にかけてなど見ているのです。スタイルの良い人を見ると男女関わらず、ああいう姿になりたいなとジロジロ見てしまいます。

 

子供の体型もこの子が大きくなったら、どういう感じになるのだろうと想像してしまいます。ちょっと間違えると変態のおじさんになってしまいそうですね。

 

お年寄りを見る時は、どんな人生を送ってきたのだろうかと見ています。喫茶店のお年寄りはお金と健康の話をしていることが多いですね。年金の話が多いでしょうか。割と大きな金額の話を臆面なく話しているのも耳にします。そういう人が必ずしも綺麗な服に身を包んでいないことも興味ふかいですね。

 

私が暮らすところは都会ではないので若い女性ウォッチングはの喫茶店などではあまり行えません。若い女性が入るような喫茶店がないのもあります。そういう女性を見るのはショッピングセンターのフードコートが多いですね。またはファミレスですね。

 

ファッションを見て楽しむ自分もいますし、男性と同じように体型を見ていることもあります。男女関わらず長い足を見ると、歩くときにどんな感じがするのだろうと思って、じっと見てしまいます。

 

頭の薄い男性を見ると頭が薄くなることへの抵抗感を感じます。当たり前のことですね。実際、自分自身も少し薄くなってきているので、そういう方を見かけると、髪のない生活を想像してしまいます。

 

女性になりたいという願望も沸き立つことがあります。女装ではなく、女性そのものになって過ごして見たいという願望です。女性らしいファッションを楽しんだり、髪型を楽しんだりできたらなと思います。

 

結局、これらのことは自分にないものを欲する欲なのだと思います。これらの欲は非常に厄介で自己肯定感の低さからきているように思います。自分に足りないものを永遠に追い求めていたら幸せになんかなれないですよね?

 

だから、なるべく楽しく人間ウォッチングをしたいと思います。欲望のままに流されていたら松田さんの動画を理解していないことになりますし、拝見している意味がないですものね。反省しつつ、きっと明日も人間ウォッチングはやめられないのだろうなぁと思います。

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