パーキンソン症候群の進行性核上性麻痺という病気で手が震え食事も難しかった父

2011年5月に父を亡くしました。77才でした。57才で心筋梗塞を患った父は、自営業を営んでいましたが、病気をしてから計算を間違うことなど出てきたようで、10年ほどかけて会社をたたみました。

 

辞めたあと、パチンコしか趣味がなかった父はパチンコにのめり込んでいき、大金を失いました。心筋梗塞をしたときに脳にも血栓が飛んで詰まっていたところがあったようで、当時はあまり分かりませんでしたが、今思うと認知症が始まっていたように思います。

 

母がまだしっかりしていましたので、父のことは母に任せきりでした。そのころ私は、30才を越えていましたが、結婚しておらず、実家を離れて仕事をしていました。

 

私が体調を崩して、35才の頃実家に戻りました。残業するのが当たり前で、長時間勤務をしなければならない会社に属していました。 そんな生活を見ていた父は、私のことを心配して「そんな仕事辞めてしまえ!」と言われましたが、当時私は、嫁にもいかずに正社員で仕事もしていないなんてみっともなくてたまらないと思っていました。

 

そんな状況でしたので、父が言うことには反発し、仕事は嫌でたまらなかったのに「絶対に辞めない!」と言っていました。階段から落ち背骨を圧迫骨折した父は歩行もままならなくなりました。

 

また、パーキンソン症候群の進行性核上性麻痺という病気になってしまい、手が大きく震えたりして、自分で食事をすることも難しくなってきました。

 

母一人では介護の負担が大きく、せめて残業せず定時で家に帰り、父のお世話を少しでもしたいと思い、父の面倒を見たいので、残業せず帰りたいと上司に相談したところ、「うちの会社は開店前作業から閉店前作業までやらないと正社員と認められない」と言われ、この会社は本当におかしいと思い、転職を決意しました。

 

しかし、転職する前に父を担当しているケアマネさんからロングショートという枠で施設を3ヶ月ほど利用できると言われ、母も介護でとても疲れていたのでお願いすることにしました。

 

父に説明しましたが、何回説明しても毎日デイサービスに行けるという風にしか伝わらず、深夜になりようやく「デイサービスじゃなくショートステイで帰ってこれないということか?」とようやく理解してくれましたが、次の日も仕事で朝早かったので「そうだよ。明日も仕事だから寝るよ」と自分の部屋に行ってしまいました。

 

次の日の9時にショートステイのお迎えの車が来る予定でした。職場では9時になると決まった曲が流れました。その曲が流れると、父がショートステイに行ってしまうことが悲しくて、仕事をしながら泣き始めてしまいました。

 

上司がビックリして話を聞いてくれましたが、子供のように泣いてしまいました。あとから考えると、亡くなってしまった時よりこの時の方が悲しかったです。今でも思い出すと涙が出てしまいます。

 

今まで介護の仕事が長くケアマネの資格もとりましたが、自分には絶対に向いていないと思い、ケアマネをせずに腰を痛め介護の現場では体がついていかなかったので販売の仕事をしていました。

 

ですが、上記のような状況でしたので、転職を決意した私は仕方なくケアマネの仕事をすることにしました。(仕方なくする仕事じゃありませんでした。甘かったと思います)

 

ケアマネになってからは、販売の仕事以上に大変で、今までは週1回くらいは父のところへ行けていたのですが、ケアマネになってからは月に1回くらいになってしまい、父を悲しませました。

 

家族が行かないことで、父の元気がなくなり施設のケアマネさんに「娘さん、お父さんのところに来てください!」と強く言われましたが、販売の仕事より更にストレス状態でしたので、「仕事が大変なんです!」とケアマネさんに噛みついてしまいました。

 

ショートステイでお世話になっていた施設に入所申し込みをしていました。父は病状が重く順番を繰り上げてもらえ、本入所していました。車では10分くらいの距離なのですが、私が行けない時は、母が自転車とバスを利用して行ってくれていました。

 

父の面倒を見たくて転職したのに本末転倒でした。父は病状が徐々に進み、口から食べられなくなり胃ろうにしましたが、元々心臓が悪かったので胃ろうを作る手術に耐えられなく亡くなりました。施設に入って2年くらいでした。

 

父は自宅に居たかったのです。施設に入ってから自宅に行くことを施設の方が提案してくれましたが、体調が安定せず叶いませんでした。ロングショートで施設のお世話になってから父は自宅に戻ることなく亡くなってしまいました。

 

ロングショートにお願いをしたのは私です。当時、自分の仕事、老後の事ばかり考えていて、独身の私が仕事を辞めて父の面倒を見るという選択肢は全くありませんでした。

 

亡くなってから、私がもっと比重の軽い仕事を選択していれば、正社員に拘らなければと後悔があとをたちません。もっと父を大事にしてあげればよかったと思います。今でも、涙が溢れます。在宅で仕事をすることが出来ていれば、状況は全く違ったと思います。

 

松田様の活動は素晴らしいと思います。家に居ながら、お金を稼ぐことが出来れば、家族に何かあった時や、寄り添ってあげたいとき、近くにいてあげられます。

 

本当に価値ある活動をしてくださりありがとうございます。松田様のお陰で救われている方がたくさんいらっしゃると思います。長々と書いてしまいまい、すみません。

 

松田様への感謝の気持ちを込めて、私と同じような思いをする人が一人でも減るよう願います。このような機会を与えてくださり、ありがとうございます。

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